岸井ゆきのが体現する痛切な喪失感と、ツェン・ジンホアの温かな声が起こす奇跡『シンシン アンド ザ マウス/ SINSIN AND THE MOUSE』
『シンシン アンド ザ マウス/SINSIN AND THE MOUSE』 6月26日(金)より新宿バルト9、シネスイッチ銀座ほか全国公開
吉本ばななの短編小説集『ミトンとふびん』に収録され、第58回谷崎潤一郎賞を受賞した一篇「SINSIN AND THE MOUSE」。金馬映画祭のFilmProject Promotion(FPP)部門で優秀企画に選出され、日本と台湾の合作として映画化が実現した作品だ。
物語は、母を亡くし深い喪失感を抱えるちづみが、友人に誘われて訪れた台湾で、日本と台湾にルーツを持つシンシンと出会うところから始まる。見知らぬ景色や何気ない会話の積み重ねを通じて、ちづみは悲しみを抱えながらも、止まっていた心を少しずつ動かし、小さなぬくもりを見出していく。
本作を鑑賞して、ちづみと母親はまるで「友達」のような関係だったのだろうと感じた。いわゆる「友達親子」のように、出先で撮った写真をSNSにアップするのではなく、母親に直接送るような間柄だ。筆者自身は用事がある時にしか親と連絡を取らないため、正直なところ彼女たちの関係にすぐには共感できなかった。これほど密に連絡を取り合い、どこか依存し合っているようにも見える関係は、親子の自立ができていなかったと捉えるべきか、それとも素敵な親子関係と受け取るべきか。静かに進む物語を観ながら、そんな風に冷めた見方をしてしまう自分自身が、どこか嫌な奴のようにも思えてきた。
そのため、親を亡くしたことで何も手につかなくなるほどの喪失感を抱き、どこへ行っても親の影を追いかけて感傷に浸ってしまうちづみの姿に、最初は少し「幼さ」を感じていた。ちづみを演じた岸井ゆきのの、視線の定まらない佇まいや、何かにすがりつくような繊細な演技が、その「幼さ」や「依存の深さ」をよりリアルに際立たせていたのだ。
しかし、そんな彼女の心を解きほぐしていくシンシンの、どこかぎこちない日本語が、本作の中ではとてもしっくりとくる。シンシンを演じたツェン・ジンホアの、飾らない佇まいと温度のある声が、言葉の壁を越えてちづみの頑なな心を柔らかく包み込んでいくようだった。誰かにとっての「雑音」が、他の誰かにとっては「心地よい音」になることもあるのだ。
シンシンが語った「ねずみの話」は、それまでのちづみにはなかった全く異なる価値観であり、彼女の中に新しい視点や感情が芽生えた瞬間だったように思う。人間は、自分とは違う価値観を持つ他者と出会うことで化学反応(ケミストリー)を起こし、そこからまた一歩を踏み出せる。この静かな物語は、人間の命のあり方や、内なる生命力について、ゆっくりと大切なことを考えさせてくれた。
(文/杉本結)
『シンシン アンド ザ マウス/SINSIN AND THE MOUSE』
6月26日(金)より新宿バルト9、シネスイッチ銀座ほか全国公開
監督・脚本・編集:真壁幸紀
原作:吉本ばなな 「SINSIN AND THE MOUSE」(新潮社刊「ミトンとふびん」収録)
出演:岸井ゆきの、ツェン・ジンホア
配給:カルチュア・パブリッシャーズ
2026/日本映画/108分
公式サイト:https://www.culture-pub.jp/sinsinmovie/
予告編:https://youtu.be/lAWh1DFd2d4?si=eEOVPV-hcsPvkWwo
Copyright © 2021 by Banana Yoshimoto All rights reserved. Japanese original edition published by Shinchosha Publishing Co., Ltd., Japan in 2021. The permission to use the original novel to produce this movie has been arranged with Banana Yoshimoto through ZIPANGO, S.L.
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