『ビフォア』の魔法を再び。リンクレイター×イーサン・ホークの黄金コンビが描く、天才作詞家の孤独と嫉妬『ブルームーン』
『ブルームーン』 3月6日(金)より全国公開中
3月6日に公開された『ブルームーン』。この作品のクレジットに「リチャード・リンクレイター」と「イーサン・ホーク」の名が並んでいるのを見て、胸の高鳴りを抑えられないのは筆者だけではないはずだ。私自身、『ビフォア』シリーズを人生のバイブルとして大切に抱えてきた一人として、彼らの再会には並々ならぬ想いがある。果たして彼らは、あの「時間の魔法」を再び見せてくれるのか。結論から言えば、本作は『ビフォア』シリーズへの最高のアンサーでありながら、それを遥かに超える人生の苦みと深みを湛えた傑作であった。
イーサン・ホークが演じるロレンツ・ハート(ラリー)は、私たちが知るかつてのイーサンのイメージを覆す。酒に溺れ、老いと孤独に震えながらも、その瞳には天才特有の鋭利な知性が宿る。成功の絶頂から零れ落ちようとする男の悲哀、そして自身の内面に抱える複雑なセクシャリティやコンプレックス。イーサンは、劇的な叫びではなく、酒杯を弄ぶ指先や視線の揺らぎによって、ラリーという人間の深淵をえぐり出している。
舞台は1943年3月31日。ブロードウェイでは、かつてラリーの相棒だった作曲家リチャード・ロジャースの単独舞台『オクラホマ!』が初演を迎え、熱狂的な喝采を浴びていた。かつての栄光を分け合ったパートナーの成功を祝うパーティの席。しかし、そこにはラリーの居場所はない。華やかな喧騒の中で、彼は自身の過去と、現在進行形の喪失感に直面することになる。
映画の前半、観客の心を捉え続けるのは「エリザベス」という名の存在だ。ラリーが口にし、彼の心を支配しているように見えるその名は一体誰を指しているのか。彼女を追い求め、さまようラリーの姿はどこか幻想的ですらある。このミステリアスな牽引力が、単なる伝記映画の枠を超え、ラリーという男の精神世界へと観客を誘い込んでいく。
物語の核心は、元相棒リチャード・ロジャース(アンドリュー・スコット)との再会と、そこから生まれる剥き出しの嫉妬心だ。成功した者と、置いていかれた者。かつての親愛が、毒のような羨望に変わる瞬間のヒリつくような会話劇。
しかし、これこそがリンクレイター監督の真骨頂である。たった一夜、わずか数時間の出来事を描いているはずなのに、観客は彼らと共に何日間、あるいは何年間もの歳月を過ごしたかのような感覚に陥るのだ。言葉の応酬が重なるほどに、ラリーの孤独が、そして人生のままならなさが、私たちの肌に直接触れてくる。これこそが、リンクレイターとイーサンという、互いを深く信頼し合う二人にしか到達できない、映画表現の極致といえるだろう。
前半部分と後半で毛色の違う作品なのにしっかりと1つにまとめあげる脚本力はさすがリンクレンターと劇場をでる時、満足度は高い1本だ。
(文/杉本結)
『ブルームーン』
3月6日(金)より全国公開中(新宿ピカデリー、TOHOシネマズ シャンテ他)
監督:リチャード・リンクレイター
出演:イーサン・ホーク、マーガレット・クアリー、ボビー・カナヴェイル、アンドリュー・スコット、パトリック・ケネディ、ジョナ・リース、サイモン・デラニー
配給:ロングライド
2025/アメリカ/100分
公式サイト:https://longride.jp/bluemoon/
予告編:https://youtu.be/q0s7DcFAqf4
© 2025 FUNNY VALENTINE, LLC ALL RIGHTS RESERVED.

