犯罪史に残る「青森14億円横領事件」 チリ人妻にすべてを捧げた男が語る真実とは

- 『アニータの夫』
- 坂本 泰紀
- 柏書房
- 1,870円(税込)

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2001年に発覚した「青森14億円横領事件」。青森県住宅供給公社の経理担当だった千田郁司氏が約14億5000万円を横領し、そのうち少なくとも8億円をチリ人の妻アニータ・アルバラードに送金したという事件は、当時世間に大きな衝撃を与えました。
それから23年が経った2024年、新聞社に勤める坂本泰紀記者のもとに、懲役14年の刑期を終えていた千田氏から一通の手紙が届きます。そこには「誠意を持って真実をお話しします」と書かれていました。それから50時間以上のインタビューを重ね、巨額の横領を可能にした「錬金術」やアニータさんとの結婚生活、その後の半生などに迫った一冊が『アニータの夫』です。
68歳となった現在、関東近郊のアパートで一人暮らしをしている千田氏。定期的に報道機関の監視を受け、就いた仕事も二度解雇されるなど、思い通りに行かない不自由な日々を送っているようです。驚いたのは、今もアニータさんとの婚姻関係は続いていること。やりとりが途絶え、離婚を話し合う機会もなかったためだそうです。
そしてもう一つ、知らない人も多いかもしれないのが、千田氏はアニータさんと出会う前から横領に手を染めていたという点です。部長も専務も理事長もすべて天下りで、プロパーの職員は60歳まで働いても課長になれるかなれないか。そうした会社での毎日がバカらしくなり、隠していた金を少しずつ引き出すようになったといいます。
そんな中、アニータさんと出会った千田氏は、一生懸命、片言の日本語で自身の身の上話をする彼女を見て、「本当に心がきれいで純粋」「好きだとかいう前に、彼女を守ってあげたい」(本書より)という気持ちを抱きます。その後、アニータさんの誘いを受け、約30時間かけてチリに渡ったところで、半ば強制的に結婚届にサインすることとなります。坂本氏は「飛んで火に入るチリのチダ」「この結婚が2人の人生のターニングポイントとなり、巨額横領事件への道を開いた」(本書より)と記します。
一方のアニータさんは現在51歳。千田氏は彼女のことを「寂しい人間、悲しい人間、貧しい人間」だと思っていましたが、実際の彼女は生きる力にあふれた強い女性でした。事件発覚後はチリで自伝を出版し、芸能活動をスタート。ゴシップの女王として話題を振りまき、現在もチリ国内で大きな知名度を誇っています。
事件後に無情な時がただ過ぎていった千田氏と、時世を味方につけてのし上がったアニータさん。「めまいがしそうな夫婦の大逆転劇。結婚後、ここまで明暗が分かれた夫婦が、ほかにいるだろうか」(本書より)との坂本氏の言葉どおり、本書を読むとあらためて、ふたりの男女が織りなす人生の妙を感じます。前代未聞の巨額横領事件を振り返りつつ、それだけにとどまらない哀愁や悲哀といった感情を呼び起こされる、類を見ないドキュメンタリー作品だといえるでしょう。
[文・鷺ノ宮やよい]
