「ただ普通に生きる」ことの難しさと、樫の木のような人間の強さを信じる――映画『オールド・オーク』
『オールド・オーク』 4月24日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国ロードショー
イギリス映画界の一人の巨匠が、その長いキャリアに終止符を打つ。『わたしは、ダニエル・ブレイク』『家族を想うとき』に続く「イギリス北東部3部作」の最終章。労働者階級の現実を冷徹かつ慈愛に満ちた視線で描き続けてきたケン・ローチ監督の引退作、『オールド・オーク』だ。
2度のパルムドール受賞歴を持つ彼は、常に庶民の暮らしに寄り添い、社会の底辺で懸命に生きる人々を温かく、時に厳しく見つめ続けてきた。かつて是枝裕和監督をリスペクトしていると語る対談を目にしたことがあるが、確かにその作風には、声なき者の尊厳を掬い上げる共通の優しさが流れている。
舞台は、かつて炭鉱で栄えながらも今は活気を失い、人々の心まで荒廃してしまったイギリス北東部の古い町。唯一の社交場であるパブ「オールド・オーク」を営むTJもまた、日々の暮らしに追われ希望を失いかけていた。そんな町に、内戦を逃れてきたシリア難民の一家がやってくる。困窮する地元住民たちは彼らへ剥き出しの敵意を向け、町には不穏な空気が漂い始める。しかし、TJは難民の少女ヤラが持つカメラのレンズ越しに、彼女たちが背負ってきた過酷な過去と、自分たちと同じ「生きたい」という切実な願いを知ることになる。
監督が本作で描き出すのは、高度な政治的議論ではない。誰かと食事をし、誰かの痛みに耳を傾けるという、人間として最も当たり前で、最も忘れがちな「連帯」の尊さだ。今も世界中で戦争や内戦が続く中、「ただ普通に生きる」ことがこれほどまでに難しいのかと、難民となる人々の存在の重さに改めて気づかされる。
ケン・ローチ作品に共通する「一切の妥協がないリアリズム」は本作でも健在だ。しかし、これまでのどの作品よりも、ラストに差す光は驚くほど温かく、力強い。タイトルの「オーク(樫の木)」が象徴するように、深く根を張り、嵐に耐えながらも立ち続ける人間の強さを、私たちはそこに目撃する。
87歳の監督が、最後に私たちに託した問い。「私たちは、手を取り合えるか」。この春、その答えを劇場で受け取ってほしい。
(文/杉本結)
『オールド・オーク』
4月24日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国ロードショー
監督:ケン・ローチ
出演:デイヴ・ターナー、エブラ・マリ、クレア・ロッジャーソン
配給:ファインフィルムズ
原題:The Old Oak
2023/イギリス、フランス、ベルギー/113分
公式サイト:https://oldoak-movie.com/
予告編:https://youtu.be/K8Tjy8hCvUU?si=y4bikZkiYKnl7vFS
© Sixteen Oak Limited, Why Not Productions, Goodfellas, Les Films du Fleuve, British Broadcasting Corporation, France 2 Cinéma and The British Film Institute 2023

