「出所→犯罪→刑務所」のループは絶やせる? ある累犯障害者との当事者研究の記録

- 『刑務所で当事者研究をやってみた: 対話実践とチーム処遇が扉をひらく (シリーズ ケアをひらく)』
- 向谷地 生良,村上 靖彦
- 医学書院
- 2,200円(税込)

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主に精神障害当事者やその家族を対象としたリハビリテーションプログラムの一つに、「当事者研究」というものがあります。これは統合失調症や依存症などの当事者が経験した身近な困りごとや悩み、問題を「研究課題」として持ち寄り、それを考察して解き明かしていく、自助の対話実践プロセスのこと。北海道浦河郡浦河町にある社会福祉法人「べてるの家」と浦河赤十字病院精神科で始まった試みで、北海道医療大学名誉教授の向谷地生良氏が研究・実践しています。これを札幌刑務所において累犯障害者のAさんとおこなった記録をまとめた書籍が、今回紹介する『刑務所で当事者研究をやってみた:対話実践とチーム処遇が扉をひらく』です。
Aさんは刑務所職員のあいだで「最も関わりが難しい人」と言われていた人物で、その人生歴は非常に厳しいものでした。6歳で最初に万引きをして非行に走り、中学生で本格的な窃盗を繰り返すようになり、社会に出てからは40代前半になるまで刑務所に出たり入ったりと、「出所→犯罪→刑務所」というループから抜け出せない状態だったのです。
累犯障害者は社会とのつながりを得ようともがくなかで、人とつながる手段として犯罪を繰り返したり、つながりを求めて刑務所という居場所に出戻ったりすることがあるといいます。しかし、周りに安心して相談できる人がいて、ちゃんと話を聞いてもらえるなど、「一緒に考える」環境が整うことによって、「刑務所に戻りたい」というスイッチが入りかけても、悩みごとや行き詰まりとして向き合うようになれるのではないか――。そうした可能性のもと、刑務所改革の流れとともに当事者研究のプロジェクトが始まったそうです。
Aさんとの2年弱、16回にわたる当事者研究のセッションでは、一度もトラウマについて聞いたり、反省を迫ったりしたことはありません。「内省を促す再犯防止のための心理教育プログラム」という立ち位置ではなく、「Aさんの経験に学び、制度や支援のあり方に活かす」という立場であることを、あらかじめAさんにも明確にして進められました。
具体的には参加者同士で半円になり、ホワイトボードをを囲み、本人から持ち込まれた研究テーマを書き込み、みんなでワイワイガヤガヤとミーティングを重ねます。ときにはAさんの生い立ちと母親との関係について、ときには現在の刑務所内のストレスについて、ときには出所後の不安について......。このプロジェクトを経てAさんがどのように変わったのか、詳しくはぜひ本書を読んでいただきたいところですが、出所して2年近くが過ぎても刑務所に一直線に戻ることはなかったというのは、一つの大きな成果と言ってもよいのではないでしょうか。
出所後のAさんがいちばん求め、かつ必要なものは、「『Aさんの苦労について一緒に考え、長くつながることができる仲間』の存在」(本書より)だといいます。他者に頼ることを知らなかった累犯障害者にとって、「犯罪」でも「病気」でもない「仲間」という第3の手立てが存在すること。その可能性を本書は教えてくれます。
[文・鷺ノ宮やよい]
