もやもやレビュー

学ぶ幸せをかみしめる『バーラ先生の特別授業』

『バーラ先生の特別授業』 4月11日(金)より新宿ピカデリー他 全国公開

インドからまたすごい作品がやってきた! 本作、テルグ語の『Sir』とタミル語の『Vaathi〔バーラ先生の特別授業〕』という2言語同時進行・同時公開のバイリンガル映画となる。

どういうことかというと、1つのシーンを撮るのにすべてテルグ語バージョンとタミル語バージョンの2つの言語で同じシーンを毎回2回撮影している。テルグ語の2州とタミルナードゥ州では学制が微妙に異なるため、脚本も単なる翻訳ではなく濃やかな調整が行われた。主人公を始めとするキャラクターの名前もそれぞれ変えるだけではなく、テルグ語版でヒンディー語の先生だった人物は、タミル語版では英語の先生になるという具合だった。こんな複雑な撮影過程を経て作られた本作は、タミル語作品として2023年インドで10位のヒット作となっている。

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本作の舞台は1990年代。1990年代の経済自由化と1993年の教育制度の改革により、インドには多くの私立教育機関や予備校が生まれ、高い授業料に応じた質の高い授業が提供されるようになった。一方で公立学校は有能な教員が私立校に引き抜かれ、低階層の生徒は家計を助けるために授業を放棄し、教室が成立しない状況だった。チョーラワラム村の公立校に赴任してきた数学教師バーラは、大手私立教育機関の経営者からの妨害と闘いながら、受け持ちの生徒全員に共通試験で上位成績を上げさせることを目指す。

フィクションながらもカースト制、貧困、女子への偏見と社会的問題がリアルに盛り込まれた作品となっている。違うカーストの生徒と一緒に授業を受けることはできないという生徒の考えに驚いたけれど、それが普通と思って生きてきたらそう思ってしまうのかもしれないと思った。カースト制は廃止されているけれど、現在も横行している社会に対しての警鐘を鳴らしているのだろう。

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インドでは10年生と呼ばれる日本で高校生にあたる年代になると、勉強しなくても家のために少しでも働いて稼いで欲しいという家庭も少なくない。「勉強しなくても稼ぐことはできる」という親の発言に対して、「金を稼ぐ手段は山ほどあるが、尊敬は学問からしか得られない」というセリフがとても心に残った。制服を買うお金がないなど様々な家庭の事情を背景に、「必要なのは学ぶ意欲」という言葉も本当にその通りだと思った。裕福な家庭でお金をかけても学ぶ意欲が本人になくては意味がない。

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学校に行けることは当たり前ではないし、タダでもない。学生時代に嫌々勉強をしている時期があった人もいるのではないだろうか? 私もその一人だったように思う。大人になってから学び直すことはできるけれど簡単ではない。「学べる幸せ」という原点に返るような気持ちで鑑賞した。
とても前向きな気持ちになれる作品なので新しいことをはじめることの多い今の季節におすすめしたい。

(文/杉本結)

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『バーラ先生の特別授業』
4月11日(金)より新宿ピカデリー他 全国公開

監督・脚本:ヴェンキー・アトゥルーリ
出演:ダヌシュ、サムユクタ、サムドラカニ、タニケッラ・バラニ 他
配給:SPACEBOX

原題:Vaathi
2023/インド/134分
公式サイト:https://spaceboxjapan.jp/balasensei/
予告編:https://youtu.be/DCQ3Pu2q8qs

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