【無観客! 誰も観ない映画祭 第42回】『地獄の警備員』
- 『地獄の警備員』
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『地獄の警備員』
1992年 日映エージェンシー、ディレクターズ・カンパニー 97分
監督/黒沢清
脚本/黒沢清、富岡邦彦
出演/松重豊、久野真紀子、長谷川初範、大杉漣、諏訪太郎、内藤剛志、洞口依子ほか
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名バイプレーヤー松重豊が演じる井之頭五郎が、行く先々で偶然目にした食堂へふらりと入り、「これは!」とモノローグによる食レポを始める。怖い顔したオジサンが美味しそうに食事するだけの『孤独のグルメ』が、2012年に放送を開始して彼これ13年という人気番組に定着。そして今年1月、ついに『孤独のグルメ』は松重豊の監督・脚本・主演によって劇場公開を果たしたのです。
そんな松重が二十代の頃、無名にも関わらず劇場映画のオーディションでいきなり主役に抜擢されました。監督は、『CURE』(97年)や『蛇の道』(98年)などメッチャ怖い映画を撮ることで知られる黒沢清。オーディションで松重は、劇中に出てくるゴヤの絵画『我が子を食らうサトゥルヌス』を監督から見せられ「お解りになりますか?」と尋ねられました。自分の部屋には飾りたくないヤバイ絵ですね。そこで松重は不合格になりたくないので、シレッと「はい、解ります」と答えたそうです。監督はそれを見透かしていたのかもしれませんが、最大の選考理由がそのルックスにあったことは間違いありません。
役柄は元力士の連続殺人鬼。当時の松重は190センチの身長に加え(現在は加齢により縮んで188センチ)、あの精悍な顔つき。相撲取り体型ではなくヒョロッとしてますが、実は柔道二段で筋肉質。しかも中高時代は力士志望の大相撲ファンで、名前も初代豊山から命名されたものでした。松重は「地獄の警備員」にうってつけだったのです。
美術館の学芸員だった成島秋子(久野真紀子)が曙商事に転勤してきた初日、社屋ビルの警備員にも新人が入りました。雲を突くような長身に仏頂面という富士丸(松重重)は、先輩達に敬語も使いません(汗)。それどころか気の弱そうな間宮隊長(田辺博之)に、法外な金利の借金返済を迫っていた白井隊員(無名時代の内藤剛志)を、頼みもしないのに殺して宿直室のロッカーにブチ込んだのです。住所不定の自分を地下機械室に住まわせてもらった隊長へのお礼らしいですが、実は富士丸、元は富士の丸という力士で、3年前に兄弟子とその愛人の体中の骨をバキバキに折って逮捕された凶悪殺人犯でした。精神鑑定で心神喪失とされ無罪放免になっていたのです。
さて、秋子の課の久留米(大杉漣)は強烈なセクハラ&パワハラ上司でした。秋子を休憩室に連れ込んだ久留米はインスリン注射を用意していて、「成島君、何もしないから、ジッと見てくれているだけでいいんだよ」と服を脱ぎ出し、ズボンを下ろし始めるので秋子は猛ダッシュで外へ逃げます。その直後に逃げ込んだ資料室が鍵の不具合で閉じ込められ、散々な目に遭って意識朦朧とする秋子を巡回中の隊長が助け出し、腕を抱えてオフィスまで付き添います。すると久留米が「お前、成島君に何か変なことしたんじゃないだろうな?」。どの口が! さらに「お前らいつも監視カメラで覗きしてるの分かってるんだ。でもな、手出すなら年増のOLだけにしろよ。いいな」と、トンデモナイ上司です。さらに秋子が失くした片方のイヤリングを捜し回って地下機械室に来ると、飲み食いした跡やら寝床らしき場所など生活感があります。そこで秋子は、顔照合のため警備室に提出していた自分の写真が飾られているのを発見してゾワワ~。秋子さん、その会社、すぐに辞めなさい!
その夜、1人で残業している秋子にセクハラしようとしていた久留米を、待ち伏せしていた富士丸が警棒でゴン! 富士丸は痙攣している久留米の襟元を片手で掴んで地下機械室まで引き摺り、配電盤に押し付けて感電させます。悲鳴が上がり火花が散ると各オフィスの照明が明滅し、ここで壁に掛かる例の『我が子を食らうサトゥルヌス』が映し出されます。富士丸は久留米の腕と脚の関節を逆方向にボキボキ折っていき、黒いゴミ袋を頭に被せて窒息死させます。翌日も富士丸は手を緩めず、給湯室で2名を殺害。隊長の頭を警棒で殴り続けて潰し、次に秋子を口説こうとしていた若手・野々村(緒形直人の弟、緒形幹太)は腕を折ってからフライパンで頭をガンガン叩き、薄目を開けた顔面にヤカンで熱湯をぶっ掛けます。
すると富士丸の行く手に、余裕でタバコをふかした人事課の兵藤が立ちはだかり「噂はかねがね聞いていたよ。要するに君は頭がおかしい」。さすが元ウルトラマン80、肝が据わっています(長谷川の初主演は1980年放送の『ウルトラマン80』)。襲い掛かる富士丸の顔に兵頭は、常用している咳止めスプレーを噴射して逃げます。だが富士丸は、秋子の同僚の花江(由良宣子)を追い掛け回し、殴り倒して後ろから抱えて運びます。ここの映し方は、間違いなく『悪魔のいけにえ』(74年)へのオマージュです。富士丸は悲鳴を上げ続ける花江をロッカーにぶち込み、ガンガンと何度も体当たりで扉を潰していきます。やがて悲鳴は聞こえなくなり、ペチャンコになったロッカー下部の隙間から大量の血が流れ出てきます。
結末のネタバレはしないでおきますが、殺しの動機が解らない恐怖は充分に味わえました。松重はこの時、どういう思考回路で演じたかは覚えていないと述懐しています。ただ、これは異例のことですが、この作品でファースト助監督だった青山真治(2000年に『ユリイカ』を監督)は、富士丸の殺しの動機を箇条書きにしたメモを松重に渡していたそうです。その内容が知りたい! さて松重豊はもともと二十代に映画を作る側を志して業界に飛び込んだのですが挫折を味わい、劇場版『孤独のグルメ』で40年越しの夢が叶いました。そこで映画作りの楽しさを堪能したようで、「もう演者に戻れない」と1月時点で今年の俳優の仕事は一本も受けてないそうです。え~、そんな寂しいこと言わないでくださいよ~(涙)。
【著者紹介】
シーサーペン太(しーさー・ぺんた)
酒の席で話題に上げても、誰も観ていないので全く盛り上がらないSF&ホラー映画ばかりを死ぬまで見続ける、廃版VHSビデオ・DVDコレクター。「一寸の駄作にも五分の魂」が口癖。