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命をかけて世界に問う。イラン映画『聖なるイチジクの種』

『聖なるイチジクの種』  2月14(金)TOHOシネマズ シャンテほか全国公開

普段、イラン映画を鑑賞する機会は日本に住んでいるとそう多くはないはず。きっと、結構な映画好きじゃないと鑑賞の選択肢にもなかなかあがってくることはないかもしれない。実は、世界3大映画祭と呼ばれるカンヌ、ベルリン、ヴェネツィア映画祭で受賞作品の中にイラン映画は毎年のように存在する。イラン映画は日本で劇場公開される作品の数は多くないが、逆に劇場公開される作品の完成度はかなり高いものが多い印象だ。今回紹介するのは第77回カンヌ国際映画祭で、【審査員特別賞】を受賞した作品だ。イラン映画は検閲も厳しく本作の監督、モハマド・ ラスロフは、過去に製作した自作映画でイラン政府を批判したとして有罪判決を受けていた。まさに命を懸けて、本作を世界に問うために自国を脱出し、28日間かけてカンヌにたどり着いたのだ。

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本作は、2022年に実際に起き社会問題となった、ある若い女性の不審死に対する市民による政府抗議運動が苛烈するイランを背景に、家庭内で消えた護身銃をめぐり変貌していくある家族をダイナミックかつスリリングに描きだす。 家族の絆に綻びが生じるとき、物語は全く予測不能な方向へと加速する......一瞬も目が離せない167分。

本作は有罪判決を受けた監督が製作するということで、製作関係者は少数先鋭で決して国にばれることがないようにこっそり撮影をしたそうだ。逮捕されるかもしれない恐怖と闘いながらの撮影だったのは間違いない。

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本作で描かれる2022年に起きた事件だが、イランにはイラン人女性がヘジャブまたはチャドルという髪の毛を隠すスカーフのようなものを外出時は着用することが義務づけられた法律がある。この法律を破り着用していなかった女性が道徳警察に逮捕された。その時、車内で暴行され、その後に意識不明となり死亡したと目撃者たちは語る。だが女性の死の原因は心臓発作だったと警察は発表している。この事件のあと抗議デモが多く行われイラン人女性の多くがヒジャブを完全に着用しない選択をしはじめている。

イランでのシャリア(イスラム法)の解釈に基づく法律では、女性はヒジャブで髪を覆い、体型を隠すためにゆったりとした、丈の長い服を着用しなければならない。道徳警察はこうした規則が尊重されるようにし、「不適切な」服装をしていると思われる人を拘束する任務を負っている。今もこの警察と女性たちの戦いは続いている。

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そもそもイスラームの聖典であるコーランには、美しいところは人にみせないようにとは書かれているが、ヒジャブを着用しなければならないとは書かれていない。ヒジャブの着用については、さまざまな解釈があるようだ。

現在、ヒジャブの着用が義務づけられているのはイランだけ。これだけインターネットが普及して髪を染めておしゃれを楽しむ時代にそれを隠したくない若者も急増しているだろう。私たちの考え方は他者を認める方向に時代や社会がアップデートされていっている。その中で神の教えは何年経とうと変わることがない。時代と共に柔軟に理解の仕方を変えていけたら良いのにと鑑賞後に強く思った。世界で起こっている知らなかったことに目を向ける機会を与えてくれる作品となっている。

(文/杉本結)

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『聖なるイチジクの種』 
2月14(金)TOHOシネマズ シャンテほか全国公開

監督・脚本:モハマド・ラスロフ
出演:ミシャク・ザラ、ソヘイラ・ゴレスターニ、マフサ・ロスタミ、セターレ・マレキ
配給:ギャガ

原題:The Seed of the Sacred Fig
2024/フランス・ドイツ・イラン/167分
公式サイト:https://gaga.ne.jp/sacredfig/
予告編:https://youtu.be/0atfobpc1gU
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