テクノロジーは、人の心を再現できるのか――『本心』
『本心』 11月8日(金)より全国ロードショー
本作は平野啓一郎さんによる『マチネの終わりに』『ある男』に続く、傑作長編小説『本心』が原作となっている。この小説が新聞に掲載されていた時(2020)に俳優の池松壮亮が石井裕也監督に「これを映画化するべきだ」と勧めたところから企画はスタートしたらしい。コロナ禍に集まって相談することも憚られるような環境の中でも負けることなく完成まで漕ぎ着けた監督はすごいと思った。原作はあるが、その通りになぞって出来た映画ではなかったところも監督の色がついてより一層映像化するという意義を感じることができた。原作の伝えたい大事な思いはどこも無視することがなく切り取ることをしないで、だけど2040年という原作の設定がもっと近い2025年になっていたりVF(ヴァーチャル・フィギュア)の開発者の性別が変わっていたりと少しずつ変化することで原作を読んだときに感じた「今よりもっと先の未来の話」から、映像となった世界が「今と地続きのより身近なもの」に感じられて、スクリーンでこの映画が鳴らす警鐘を突きつけられる思いで鑑賞していた。
今と地続きにある少し先の将来、"自由死"を望んだ母の"本心"を知ろうとすることをきっかけに、進化する時代に迷う青年を映し出す。時代に置いてけぼりにされた青年・石川朔也を、池松壮亮があえて地に足の着かない不安定な演技で見事に体現。朔也の母・秋子役には数多くの名作映画に出演してきた俳優・田中裕子が扮し、生身/VF(ヴァーチャル・フィギュア)という未知の"2役"に挑み、圧倒的な存在感を見せつける。そして、俳優として成長著しい三吉彩花が、秋子の素顔を知るキーパーソンであり、過去の傷を抱えるミステリアスな女性・三好を好演。彼女が朔也の人生に与える影響とは...。さらに、水上恒司、仲野太賀、田中泯、綾野剛、妻夫木聡といった名実ともに日本映画界を牽引するオールスターキャストが集結。リアルとヴァーチャルの境界が崩れ、利便性が異常進化し続ける今、時代の変化に彷徨う人間の《心》と《本質》を描く、革新的なヒューマンミステリーが誕生した。
本作の中では「自由死」が認められるようになった世界や「セックスワーカー」「リアルアバター」と1つでもとても扱いが難しい題材が登場する。どれもが私たちの身近に迫り来る問題に近いところにあるようで、とても人ごととは思えなかった。もしも自分が死んでもヴァーチャル世界でAIが自分の意思をさも引き継いだように存在していたとしたら...。これは今後ありそうだと思った。
でも、こんなものが出来上がってしまったら現実の死が軽く扱われてしまったり、そこへの悲しさが薄れてしまうのか? 居なくなったという現実を受け止めることがしにくくなるようにも感じた。
そして、もしかしたら知らなくてもいいこともあるのかもしれない。家族だから、恋人だから、夫婦だから相手のすべてを知る必要はないようにも感じた。知らないことがあるからうまくやってこれたり、そこさえも魅力の一部と受け止める器量をもつことはいつまでも大切なことだと鑑賞中に考えていた。
リアルアバターという人間を自分のアバターとしてUber EATSのように簡単なお使いをしてもらうサービスはとても恐ろしかった。リアルアバターを通して、最近よくニュースでも見かける闇バイトを連想した。自分はこれからどんなことをするのか現地に行かないと分からない点や、始めるとやめられない点など共通点があるように思った。また、指示している人はどんなにひどい指示をしても自分で手をくだしていないという非道さも共通しているように感じた。社会の中にインターネットや仮想空間など便利なものが増えている時代だからこそ、人間としAIに負けない自分を形成していくべきだという強いメッセージを感じる作品だった。
本作は、鑑賞する人によって多角的に捉えられるようになっているのも魅力だ。ぜひ、劇場で自分とゆっくり向き合う時間として鑑賞してほしい。
(文/杉本結)
『本心』
11月8日(金)より全国ロードショー
監督・脚本:石井裕也
出演:池松壮亮、三吉彩花、水上恒司、仲野太賀、田中泯、綾野剛/妻夫木聡、田中裕子
配給:ハピネットファントム・スタジオ
2024/日本映画/122分
公式サイト:https://happinet-phantom.com/honshin/
予告編:https://youtu.be/nsddUYTSAK0?si=hoqcCH5CoX2meUF8
© 2024 映画『本心』製作委員会