もやもやレビュー

湊かなえ×瀬々敬久が放つ、令和の「ドッカーン」。『未来』

『未来』 5月8日(金)公開

かつて、デビュー作『告白』で日本中を震撼させ、ベストセラーの常識を塗り替えたミステリー界の女王・湊かなえ。彼女がデビュー10周年の節目に、自身の集大成として世に送り出した傑作『未来』が、ついに待望の実写映画化を果たした。本作は、湊作品の代名詞である「イヤミス」の系譜を継ぎながらも、「子供の貧困」や「虐待」といった社会の深淵に真っ向から切り込んだ一作だ。湊作品の中でも「最も切実で、最も情念に溢れた物語」と称される、魂を揺さぶるミステリーである。

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特筆すべきは、昨今増加傾向にあるシングルマザーが、再婚に際して直面しうる「家族の歪み」を、あまりにも丁寧かつリアルに描き出している点だ。その描写は、あまりの生々しさに嫌悪感を抱いたり、直視を拒みたくなったりする瞬間があるかもしれない。しかし、これこそが「現実」が牙を剥く前に、私たちが決して目を逸らさずに向き合うべき問題なのだ。

本作は、単なるエンターテインメントの枠を超え、この負の連鎖に社会全体がどう向き合っていくべきか、静かに、しかし力強く警鐘を鳴らし続けている。

本作のメガホンを取ったのは、瀬々敬久監督。『護られなかった者たちへ』(21)、『とんび』(22)、『ラーゲリより愛を込めて』(22)といった作品群で、人間が心の奥底に抱える「他人には見せぬ感情」を、言葉による説明を排し、観客の感性にダイレクトに訴えかけてきた名手である。

そんな監督の執念ともいえる想いを、北川景子をはじめ、黒川結衣、山崎七海、野澤しおりといった高い表現力を誇る俳優陣が見事に体現。さらに脇を固めるのは、坂東龍汰、細田佳央太、近藤華ら、近年の話題作で難役を次々とものにしてきた若手実力派たちだ。彼らが物語の鍵を握る重要な役どころをどう演じ切るのか。次世代を担う俳優たちの競演からも、一瞬たりとも目が離せない。

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物語の軸となるのは、過酷な運命に翻弄される二人の女性だ。
祖母の期待を背負い教師となった真唯子(黒島結菜)は、家庭環境に恵まれない生徒・章子(山﨑七海)を気にかけながらも、自身が隠し続けてきた「ある過去」を保護者に暴かれ、職を追われてしまう。一方、最愛の父(松坂桃李)を亡くした章子のもとに、「20年後の自分」を名乗る人物から一通の手紙が届く。その励ましを糧に生きようとする章子だったが、母(北川景子)の再婚相手(玉置玲央)による凄まじい体罰、さらには学校での執拗ないじめにより、居場所を完全に失っていく。同じ境遇の友人・亜里沙(野澤しおり)と共に、絶望の淵で「ある恐ろしい計画」を立てる章子。彼女の異変を察知した真唯子は、取り返しのつかない事態を防ぐため、自らの過去と向き合いながら章子のもとへとひた走る。父が遺した物語、未来からの手紙、そして交錯する叫び。過酷な運命の壁の向こうに、彼女たちが目にする「未来」とは――。

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最近、京都府で小学生が行方不明となり遺体で発見されるという痛ましい事件が世間を騒がせた。母親の再婚相手である義父が犯人として逮捕されたこの事件が、本作を鑑賞中に脳裏をよぎる人は少なくないはずだ。本作は、そんな目を逸らしたくなるほどリアルな現実をすべて描ききっている。

昨今、離婚率は右肩上がりであり、母親が親権を持つ形が一般的となっている。シングルマザーの多くは「子供から父親を奪ってしまった」という負い目を抱えることもあると聞く。だが、新しいパートナーは果たして血の繋がらない子を愛してくれるのか。子供は懐くのか。最悪の事態――性被害や暴力に遭うことはないのか。再婚へのハードルは、想像以上に高く、そして険しい。本作は、そんな目を逸らしたくなるほどリアルな現実をすべて描ききっている。

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私は、映画を観てから原作を読むことにしている。真っさらな状態で映像体験を味わいたいからだ。特にミステリーの「先が読めない高揚感」は一度しか味わえない。原作を一気に読み進める快楽を取るか、数時間の没入感を待つか。それは私にとって、常に究極の二択である。
今回、鑑賞後に原作を手に取ったが、映画で一瞬混乱した時系列が鮮やかに整理されていく感覚があった。北川景子が見せた、あの「無表情」の演技。映画では「なぜここまで無気力なのか」「なぜ子供を守ってくれないのか」と、その無機質さに激しいモヤモヤを抱いた。しかし、原作を紐解くことで、一人ひとりの行動の裏にある「理由」を拾い集めることができた。小説を通じて、映画で抱いた、行き場のない感情に、ほんの少しの救いのような余白が生まれた気がしたのだ。

初の実写映画化作品であり、今なお語り継がれるあの「ドッカーン」と同じくらいの衝撃。ぜひ、その目撃者として劇場へ足を運んでほしい。

(文/杉本結)

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『未来』
5月8日(金)公開

監督:瀬々敬久
原作:湊かなえ『未来』(双葉文庫)
出演:黒島結菜、山﨑七海、坂東龍汰、細田佳央太、近藤華、松坂桃李、北川景子
配給:東京テアトル

2026/日本映画/130分
公式サイト:https://mirai-movie.jp
予告編:https://youtu.be/TfX7U6dCcwo?si=VBu_39kqqE7fJoY0
Ⓒ2026 映画「未来」製作委員会 Ⓒ湊かなえ/双葉社

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