もやもやレビュー

コーダとして生きた少女が見た世界『愛が聞こえる』

『愛が聞こえる』 2026年1月9日(金)全国公開

2026年、映画で初めて涙を流すことになる作品。

勤務先で窃盗の容疑をかけられた、ろう者の女性。
警察の取り調べの中で無実を訴えながらも、彼女は次第に孤立していく。そんな彼女に、ただ一人寄り添い続ける手話通訳者がいる。その姿を起点に、物語は静かに過去へと遡っていく。

描かれるのは、聴覚障がいを持つ父シャオマーと、その娘ムームーの日々だ。母と離婚後、二人はろう者のコミュニティで暮らしている。経済的にも社会的にも決して恵まれた環境ではないが、父と娘のあいだには、言葉を超えた強固な絆があった。ムームーは幼いながらもコーダとして父を支え、「私がいないとパパは生きていけない」と信じて疑わない。

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そんな生活に変化をもたらすのが、5年前に家を出た母シャオジンの存在だ。彼女は「娘に"普通の生活"をさせたい」と親権を求める。その言葉は決して悪意から発せられたものではない。しかし本作は、その"普通"という言葉を安易に肯定しない。いったい誰の視点で、どんな価値観で語られているのか――その問いを観る者に突きつける。

娘と共に生きるため、シャオマーは社会に適応しようと必死にもがく。だが、聴覚障がいゆえに職場では誤解やトラブルが重なり、次第に追い詰められていく。その末に彼が選んでしまう過ちは、決して擁護されるものではない。それでも本作は、「なぜそこまで追い込まれたのか」という過程を、冷静に、そして誠実に描き切る。

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「コーダ」という言葉を、私は2021年の『コーダ あいのうた』で初めて知った。
聴覚障がいのある親のもとで育つ、障がいのない子どもを指す言葉である。本作の冒頭で描かれる大人になったムームーは、ろう者の女性が不当な疑いをかけられる現場で、手話通訳者として彼女に寄り添っている。
その時、ムームーは語る。
「彼らの静かな愛情表現は、簡単に世界にかき消されてしまう。でも私にとっては、無数の言葉に勝る。」その言葉から伝わってくるのは、彼女の心の強さ、正義感だった。
そして、大事に育てられていい子に育ったのだという確信を得ることが出来るシーンでもあった。

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感情を煽る演出に頼ることなく、抑制された語り口で描かれる本作は、観終わったあとにじわじわと問いを残す。
「幸せ」とは何か、「家族」とは何か、そして「普通」とは誰のための言葉なのか――。
静かな余韻の中で、観る者それぞれが答えを探すことになるだろう。

(文/杉本結)

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『愛が聞こえる』
2026年1月9日(金)全国公開

監督:沙漠(シャー・モー)
出演:张艺兴(チャン・イーシン)、李珞桉(リー・ルオアン)
配給:マーチ

原題:不说话的爱 英題:MuMu
2025/中国/111分
公式サイト:https://www.march.film/aigakikoeru
予告編:https://youtu.be/MK2dMqVLf2E
© CKF PICTURES (Ningbo) Co., Ltd. / iQIYI Pictures (Beijing) Co., Ltd. / Shanghai Tao Piao Movie & TV Culture Co.,Ltd.

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