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アリ・アスターが切り取る "あの狂気の数ヶ月"『エディントンへようこそ』

『エディントンへようこそ』 12月12日(金) TOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開

2020年、未知の病原体が世界中に広がり、私たちは外出自粛や"密"の回避を強いられた。
本作『エディントンへようこそ』は、そんな異常な日常が始まった直後、ストレスが限界に達しつつあった小さな街で勃発した選挙戦を描く。
アリ・アスター監督らしく過剰表現や暴力描写もあるが、そこで描かれるのは紛れもない現実の影。人間が徐々に狂い始めた"あの瞬間"を思い出させる、生々しい空気が漂っている。

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コロナ禍の生活を私たちは徐々に忘れつつある。しかし、本作は記憶の底に沈みかけていた空気を容赦なく呼び戻す。
今年日本で公開された『フロントライン』がそうであったように、この作品もまた当時の息苦しさを強く喚起させる。
マスク着用をめぐる口論や、店先でのアルコール消毒、隣の人との距離を保とうとする光景が思い出される。「ソーシャルディスタンス」という言葉が日常語だった頃の緊張感が鮮明に蘇るはずだ。

世界的に広がった陰謀論も本作の重要な要素だ。
自宅に閉じこもり、インターネットに向き合う時間が増えたことで、真偽の曖昧な情報が拡散し、議論は一層ヒートアップしていった。ひとつのウイルスが、人間の心理や行動をどれほど容易に歪めてしまうのか──作品はその危うさを鋭く突いてくる。

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アリ・アスターがこの時代を描くとこうなるのか、と驚かされる。
恐怖や嫌悪ではなく、あの頃の現実にあった"ヒリつき"そのものを見せることで、観客の心の奥に沈んでいた感覚が再び呼び起こされていく。

『エディントンへようこそ』は、ひとつの街の選挙戦を通して、パンデミックが社会にもたらしたひずみと、そこで生きる人々の脆さを描いた作品だ。
コロナ禍を経験したすべての人に、避けては通れない記憶を突きつけてくる。

(文/杉本結)

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『エディントンへようこそ』
12月12日(金) TOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開

監督・脚本:アリ・アスター
出演:ホアキン・フェニックス、ペドロ・パスカル、エマ・ストーン、オースティン・バトラー、ルーク・グライムス、ディードル・オコンネル、マイケル・ウォード
配給:ハピネットファントム・スタジオ

原題:EDDINGTON
2025/アメリカ/148分
公式サイト:https://a24jp.com/films/eddington/
予告編:https://youtu.be/6e44tIoDA_8
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