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法と人権を問い直す衝撃の社会派ドラマ『ブルーボーイ事件』

『ブルーボーイ事件』 11月14日(金)公開

1960年代後期、日本は東京オリンピックや大阪万博で沸き立つ高度経済成長期を迎えていた。その裏側では、社会の急速な変化に伴い、法の網目からこぼれ落ちる人々がいた。本作『ブルーボーイ事件』は、かつて実際に起きた事件をもとに、性と人権の問題を問いかける社会派ドラマだ。東京国際映画祭2025ガラ・セレクション部門にノミネートされ、その注目の高さもうかがえる。

物語の舞台は、売春取り締まりの強化が進む時代。検察は性別適合手術(SRS)を行った産婦人科医を優生保護法違反で逮捕する。当時、売春防止法は女性にしか適用されず、男性の性労働者、いわゆる"男娼"は法の空白に置かれていた。その存在は社会の偏見にさらされ、象徴的に医師が裁かれることとなる。本作では、そんな裁判に直面する人々の姿を通して、制度の矛盾や人間の尊厳が描かれる。

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主人公サチは、証言を求められ法廷に立つ。彼女を支えるのは、経験豊富な弁護士・狩野だ。二人は裁判の重圧に翻弄されながらも、愛と尊厳をかけた戦いを繰り広げる。法廷シーンでは、検察と弁護側の鋭いやり取りがリアルに描かれ、当時の社会的偏見や差別の空気が画面を通して観客に伝わる。サチの証言が進むにつれ、観る者は被害者や医師、男娼たちの人間性や苦悩に強く引き込まれる。

登場人物の描写も丁寧だ。弁護士・狩野の冷静さと情熱、サチの内に秘めた勇気、そして医師や当時の関係者たちの葛藤が細やかに描かれており、単なる歴史再現ではなく、観客自身がその場にいるような臨場感を味わえる。事件の背景や法の不条理を知ることによって、登場人物たちの選択や苦悩がより深く理解でき、感情移入が自然と生まれる構造になっている。

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この作品の意義は、過去の出来事を単に再現するだけにとどまらない点にある。現代社会においても性別の自由や人権問題は議論の中心であり、当時の事件を通して、いま私たちが考えるべき課題を提示している。誰もが当事者であり得る問題だからこそ、鑑賞後には胸にずっしりと残る余韻がある。

歴史的事実に基づきつつ、登場人物一人一人の人間性に寄り添うことで、単なる社会派映画以上の感動と考察をもたらす『ブルーボーイ事件』。静かな劇場でじっくり向き合い、法や制度の問題、そして個人の尊厳について改めて考えるきっかけにしてほしい作品だ。

(文/杉本結)

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『ブルーボーイ事件』
11月14日(金)公開

監督:飯塚花笑
出演:中川未悠、前原滉、中村中、イズミ・セクシー、真田怜臣、六川裕史ほか
配給・宣伝:日活/KDDI

2025/日本映画/106分
公式サイト:https://blueboy-movie.jp
予告編:https://youtu.be/1Onba_JVB-c
©2025『ブルーボーイ事件』製作委員会

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