闇ビジネスに翻弄される若者の物語『愚か者の身分』

『愚か者の身分』 10月24日(金) 全国公開
釜山国際映画祭コンペティション部門選出作品。原作は第二回大藪春彦新人賞を受賞した西尾潤の同名小説。Netflixシリーズ『今際の国のアリス』などを手掛けるプロデューサー集団THE SEVENが初の劇場作品として映画化。
監督は、岩井俊二監督の助監督を長らく務め、人間ドラマを巧みに描くことに定評のある永田琴。そして、『ある男』(22)で第46回日本アカデミー賞最優秀脚本賞に輝いた名脚本家・向井康介が加わり、トリッキーで予測不能な逃亡サスペンスへと仕上がった。鑑賞後に制作チームのことを知り、だからこんなに重厚な脚本が映像化できたのかと納得した。鑑賞中も、『今際の国のアリス』を観た時に感じた胸を締め付けられるような感覚と似た気持ちになっていた。前半は若者の日常を覗き見ているような感覚なのだけれど、そこは全く自分の知らない世界だった。
本作で描かれる物語は、"一度入ると抜けられない"闇ビジネスの世界を舞台に、運命に翻弄されながらも生き抜こうともがき続ける若者3人の3日間の逃走劇。とある犯罪組織の手先として戸籍売買を行うタクヤ(北村匠海)と弟分のマモル(林裕太)、タクヤをこの道に誘った兄貴分的存在であり、運び屋の梶谷(綾野剛)。彼らの拠点である新宿・歌舞伎町から大金が消えた事件をきっかけに、息もつかせぬギリギリの逃避行を3つの視点を巧みに交錯させてサスペンスフルに描写する。さらに、登場人物それぞれの揺れ動く心情に丁寧に寄り添い、互いを想う気持ちの深さに心揺さぶられる展開が待ち受ける。
作品前半は3人のこれまでの人生の紹介。こうやって出会ったのかとか、この闇ビジネスの世界にどうして入っていったのかということが少しずつわかってくる。タクヤが今の生活から抜け出そうとしていることに気づいた瞬間、もう逃げ出せないところにきていたのだと知り絶望的な気分になった。
後半は苦しく痛々しい描写に目を背けたくなりながら鑑賞した。本作は登場人物が少なく、タクヤ、マモル、梶谷の3人それぞれの心情を深く考えることができる『間』が絶妙なバランスであり、鑑賞中に作品への理解を深めることができた。
闇ビジネスという悪いことをしている3人だが、それぞれの人となりを知ることで悪い人に見えなくなっていた。悪いことをするようになるまでの身の上を知ることで同情した部分もあるのかもしれない。彼らは精神年齢が見た目よりはるかに幼く、大人に都合よく使われてしまったのだろう。こういった負の連鎖を断ち切るために、私たちにできることは何だろうと鑑賞後に考えた。
闇バイトをする若者のニュースが後を絶たない昨今だからこそ、他人事ではなく、多くの人が向き合い考えるべき問題なのだと思う。ぜひ静かな劇場でご鑑賞ください。
(文/杉本結)
『愚か者の身分』
10月24日(金) 全国公開
監督:永田琴
原作:西尾 潤「愚か者の身分」(徳間文庫)
出演:北村匠海、林裕太、山下美月、矢本悠馬、木南晴夏、綾野剛
配給:THE SEVEN、ショウゲート
公式サイト:https://orokamono-movie.jp
予告編:https://youtu.be/sZrCi5AURgw
©️2025映画「愚か者の身分」製作委員会