【「本屋大賞2026」候補作紹介】『暁星』――フィクションとノンフィクション。二つの物語を重ねたときに見えてくる真実とは

暁星
『暁星』
湊かなえ
双葉社
1,980円(税込)
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 BOOKSTANDがお届けする「本屋大賞2026」ノミネート全10作の紹介。今回取り上げるのは、湊かなえ(みなと・かなえ)著『暁星(あけぼし)』です。

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 「暁星」とは、夜明けの空に見える金星、明けの明星のこと。暗闇の中でひときわ明るく輝くことから、希望の象徴と捉えることもできます。この二文字をタイトルにした『暁星』は、文部科学大臣で大御所作家でもある清水義之が、ある式典の最中、舞台袖から飛び出してきた男に壇上で刺されて死亡する場面から始まります。

 逮捕されたのは、永瀬 暁、37歳。作家で故人の長瀬暁良を父親に持つ彼は、獄中から事件にまつわる手記を週刊誌に発表し始めます。

 前半パート「暁闇」では暁の手記をもとに、後半パート「金星」では同じ式典に参加していた女性作家の小説をもとに、物語が展開していきます。

 この作品で大きなテーマとなるのが「宗教二世」です。

 暁の手記には、母親が宗教団体「愛光教会」に信者として巨額の献金をしていたこと、愛光教会の差し金で父親が文学賞に落選し、その絶望から自殺したこと、母親が全財産を持って家を出ていったこと、貧しい生活の中、病気の弟の夢を叶えるために大学進学を諦めて就職したこと、しかし弟の命を助けられずに死なせてしまったことなど、暁の育った環境や事件にいたるまでの経緯が詳しく記されています。

 こうしたことから、教団と深い関係がある清水を恨んで攻撃した、というのが暁の言い分です。実力派作家の息子だけあって、その筆致にはよどみがなく、社会に訴えかけるような凄まじい熱量に、手記を読んだ者(作品内での週刊誌読者、そして私たち読者)の中には、いわゆる社会的弱者の彼に同情する人もいることでしょう。

 後半の「金星」で描かれるのは、作家・金谷灯里による小説。

 冒頭に「この物語はフィクションである。」との一文を置き、灯里が暁を子どもの頃から知っていたとして、暁の半生を別の視点から描き出します。

 そこにあるのは、暁の手記からだけでは決して浮かび上がってこなかった、もうひとつの物語。暁のノンフィクションと灯里のフィクション、この二つを読むことで、初めて見えてくる景色があります。

 暁は手記の目的を「俺の叫びを広く世の中に届けるため」と記していましたが、密かに廃棄された原稿にあったのは「俺はただ、星を守りたかっただけ。」という言葉。

 また、灯里の小説で最後に書かれた三文には、それまでのすべてを覆すかのようなどんでん返しが仕組まれています。

 暁がノンフィクションとして、灯里がフィクションとしてこの物語を描かなくてはならなかった、描くしかなかった意味を考えると切ない気持ちになるとともに、最後に知り得た真実に心を大きく揺さぶられること必至です。

 人は暗闇の中でも、ひと筋の希望があればそれを頼りに生きていくことができるのか。そんな問いかけを突きつけられる、壮大な愛の物語。著者自身が「29作目にして、この作品が一番好きだと断言できる」という本書は、湊かなえの新たな代表作と言えるでしょう。

[文・鷺ノ宮やよい]

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