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オピオイド危機を考える『美と殺戮のすべて』

『美と殺戮のすべて』 3月29日(金)より新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町、グランドシネマサンシャイン池袋ほかロードショー

今回紹介する本作は2022年のヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を受賞している。
ヴェネツィアの金獅子賞といえば、『哀れなるものたち』『ノマドランド』『ジョーカー』などアカデミー賞でも多くの部門でノミネートされ、話題となった作品が受賞することが多い。本作はドキュメンタリー映画であるから驚いた。例年とは全く毛色の違う作品に『美と殺戮のすべて』とはどんな作品なのだろうかと疑問に思っていた。

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1970年代から80年代のドラッグカルチャー、ゲイサブカルチャー、ポストパンク/ニューウェーブシーン...... 当時過激とも言われた題材を撮影、その才能を高く評価され一躍時代の寵児となった写真家ナン・ゴールディン。2018年3月10日のその日、彼女は多くの仲間たちと共にニューヨークのメトロポリタン美術館を訪れていた。自身の作品の展示が行われるからでも、同館の展示作品を鑑賞しにやってきたわけでもない。目的の場所は「サックラー・ウィング」。製薬会社を営む大富豪が多額の寄付をしたことでその名を冠された展示スペースだ。到着した彼女たちは、ほどなくして「オキシコンチン」という鎮痛剤のラベルが貼られた薬品の容器を一斉に放り始めた。「サックラー家は人殺しの一族だ!」と口々に声を上げながら......。
「オキシコンチン」それは「オピオイド鎮痛薬」の一種であり、全米で50万人以上が死亡する原因になったとされる<合法的な麻薬>だ。果たして彼女はなぜ、巨大な資本を相手に声を上げ戦うことを決意したのか。 大切な人たちとの出会いと別れ、アーティストである前に一人の人間としてゴールディンが歩んできた道のりが今明かされる。
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本作の主軸となる「オピオイド危機」とはどのようなものなのだろうか?
オピオイドとは、ケシから抽出した成分やその化合物から生成された医療用鎮痛剤(医療用麻薬)で、優れた鎮痛効果のほか多幸感や抗不安作用をもたらす。1995年、米国では製薬会社パーデュー・ファーマがオピオイド系処方鎮痛剤「オキシコンチン」の承認を受け、常習性が低く安全と謳って積極的に販売。主に疼痛治療に大量に処方されるようになり、2000年頃から依存症や過剰摂取による中毒死が急増。全米で過去20年間に50万人以上が死亡し、大きな社会問題となっている。

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恥ずかしながらこの作品をみるまでアメリカでこんなにも大変なことになっていることを知らなかった。病院でもらう薬を疑ったことはあるだろうか? まさか、医師が飲むように言った薬が原因で中毒になり死に至るだなんて想像できなかった。

家族を失った親族が法廷で戦うストーリーはドラマをみているようでもあった。1人でも多くの人が「オピオイド危機」を知り、現実にいま起こっている問題なんだと知るきっかけになれば良いと思った。

(文/杉本結)

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『美と殺戮のすべて』
3月29日(金)より新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町、グランドシネマサンシャイン池袋ほかロードショー

監督・製作:ローラ・ポイトラス
出演・写真&スライドショー・製作:ナン・ゴールディン
配給:クロックワークス

原題:ALL THE BEAUTY AND THE BLOODSHED
2022/アメリカ/121分
公式サイト:https://klockworx-v.com/atbatb/
予告編:https://youtu.be/XRtEn4P3Gpw
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