もやもやレビュー

天才科学者の栄光と没落の生涯『オッペンハイマー』

第96回アカデミー賞で最多となる13部門にノミネートされ、同じく最多となる7部門を制覇した『オッペンハイマー』がついに日本で公開。『TENET テネット』『インセプション』などで知られるクリストファー・ノーラン監督の最新作。本作でアカデミー賞監督賞も見事受賞している。

そんなクリストファー・ノーラン監督の得意とするのが時間を操作した編集技術。これはどの作品をみても毎回、混乱させられる。そのため、何度も何度も見返す人が後を経たない一方で、監督の作品を苦手に思う人も少なくない。私もその1人で、本当に混乱して初見では半分くらいしか理解できなかったと思い、難解なストーリー構成に一時期監督に苦手意識もあった。だが最近になって過去作を何度も見返している。少しずつ紐解かれていくのがなんとも癖になる。
先日は、『メメント』を6歳の娘と自宅で鑑賞したのだが、途中であのシーンをもう1回観たいという衝動に駆られた娘が巻き戻しをしながら鑑賞。ただでさえ混乱する内容なのに、さらなる混乱のなか4時間かけて鑑賞し終わった。そんな娘の感想が「あの人メモとりすぎだね」だったことに笑った。自宅でみるなら巻き戻したい! そんな衝動に駆られるノーラン作品の数々。今回紹介するオッペンハイマーもその一つに間違いなく入るであろう。

この作品、日本人は特に知ってから観て欲しいのだが、オッペンハイマーというのは人の名前で、この主人公オッペンハイマーは何をした人なのか、ということだ。

ピュリッツァー賞に輝いた書籍「オッペンハイマー(上・中・下)」(早川書房刊)を原作に、クリストファー・ノーラン自身が脚色。第2次世界大戦下、世界の運命を握った天才科学者オッペンハイマーの栄光と没落の生涯を、実話に基づき描く物語だ。
第2次世界大戦中、物理学者のJ・ロバート・オッペンハイマーは、核開発を急ぐ米政府のマンハッタン計画において、原爆開発プロジェクトの委員長に任命される。しかし、実験で原爆の威力を目の当たりにし、さらにはそれが実戦で日本の広島、長崎に投下されて、恐るべき大量破壊兵器を生み出したことに衝撃を受ける。戦後、さらなる威力をもった水素爆弾の開発に反対するようになるが......。

物語は2人の人物を中心に描かれる。この2人をカラーとモノクロで識別しながら鑑賞することになるのだが、正直初見では頭の中が大混乱。1人はオッペンハイマー(カラー映像)。もう1人は、オッペンハイマーと対立していくストローズ(モノクロ映像)。2人の視点が絶え間なくスイッチされ、異なる時代で開かれた2つの"裁判"を行ったり来たりする。

この行ったり来たりの攻防が180分続いた先に見えるものとはなんなのか。とにかく没入してみることが本作を観る上で重要になってくる。そういった意味でも監督お得意のVFXを極力排除し実物大のセットを用いる撮影手法やIMAX®カメラを使用した迫力の映像の中で鑑賞すべき作品だ。さらに、今回IMAX®65ミリと65ミリ・ラージフォーマット・フィルムカメラを組み合わせ、最高解像度の撮影を実践している。本作のためだけに開発された65ミリカメラ用モノクロフィルムも駆使し、史上初となる"IMAX®モノクロ・アナログ撮影"に挑んでいるのも見所となっている。

IMAXって普通より高い料金を払って観るので普通で観るか悩むことがあるが、本作はIMAX用に撮影されているといっても過言ではないので、劇場で観るなら追加料金を払って観る価値のある作品となっている。

ここまで、撮影技術が凄い!という話をたくさんしたが、俳優陣も超豪華俳優が集結。まるでアベンジャーズ。主人公のオッペンハイマー役を演じるのはキリアン・マーフィ。ノーラン監督作品にはこれまでも『バットマン ビギンズ』『ダークナイト』『ダークナイト ライジング』『インセプション』『ダンケルク』に出演している常連俳優。きっと監督も絶大な信頼があるから今回主人公に抜擢したのだろう。彼はアカデミー賞主演男優賞を受賞している。

また、オッペンハイマーの妻"キティ"役に、『クワイエット・プレイス』などのエミリー・ブラント。アカデミー賞で助演女優賞にノミネートされるも受賞を逃したが、受賞してもおかしくないほどの存在感だった。作品自体への出演時間は短いのに出演シーンが頭から離れない。
原子力委員会委員長であり、やがて主人公と対立するルイス・ストローズ役には、『アイアンマン』『アベンジャーズ』シリーズなどのロバート・ダウニー・Jr.。すごい熱量の演技だった。文句なしでアカデミー賞助演男優賞を受賞。

正直、楽しい話ではない。だけど、人類が知るべき、考えるべきテーマの一つの確信に迫る作品だった。劇場を後にするとき180分という上映時間に身構えたが、あっという間に駆け抜けていた。

(文/杉本結)

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『オッペンハイマー』
3月29日(金)全国ロードショー(IMAX®劇場 全国50館 同時公開)

監督・脚本・製作:クリストファー・ノーラン
原作:カイ・バード、マーティン・J・シャーウィン 「オッペンハイマー」(2006年ピュリッツァー賞受賞/ハヤカワ文庫)/アメリカ
出演:キリアン・マーフィー、エミリー・ブラント、マット・デイモン、ロバート・ダウニー・Jr.、フローレンス・ピュー、ジョシュ・ハートネット、ケイシー・アフレック、ラミ・マレック、ケネス・ブラナー
配給:ビターズ・エンド  ユニバーサル映画

2023年/アメリカ/180分
公式サイト:https://www.oppenheimermovie.jp/
予告編:https://youtu.be/Uoctuzt2IfU
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