もやもやレビュー

あらゆる疑問の答えは42『銀河ヒッチハイク・ガイド』

銀河ヒッチハイク・ガイド [DVD]
『銀河ヒッチハイク・ガイド [DVD]』
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 年末年始にはいろんなものをリセットする感覚がある。年末であれば「今年の垢を洗い落として」というような言い回しがそうだし、年始なら「一年の計は元旦にあり」あたりだろうか。いずれにせよいいことも悪いことも一旦整理してみましょうという感じなのだが、リセットというにはあまりにも壮大すぎるところから始まるのが『銀河ヒッチハイク・ガイド』だ。何せ宇宙バイパス工事のため、主人公アーサー(マーティン・フリーマン)を残し、地球が丸ごと消滅してしまうのである。

 一応、地球上で二番目に賢い生物であるイルカたちによって以前から危険性は伝えられていたものの、賢さでは三番目の人間には彼らが魚欲しさに芸をしているようにしか見えずメッセージは伝わらず、明確な立ち退き要求はどこかの惑星の役所の掲示板に張り出されていたが、もちろんそんなものにわざわざ目をむける地球人は皆無。

 かくしてアーサーは宇宙版『地球の歩き方』みたいな大ベストセラー書籍『銀河ヒッチハイク・ガイド』のライターである友人フォード(モス・デフ)とともに宇宙を彷徨うこととなる。

 アーサーにとっては地球消滅を経てもこれまでの人生にさほど未練はなさそうだったのだが、とてつもなく低いけどゼロではない確率によって出会った宇宙船に乗り込んだところ、ちょっと前にアーサーといい感じになりかけたトリリアン(ズーイー・デシャネル)が乗船しており再会、宇宙船の主である銀河帝国大統領ゼイフォード(サム・ロックウェル)の出鱈目すぎる言動に振り回されながら地球作り直しへと物語は進んでいく。

 と、壮大な地球リセットのお話ではあるものの、世界はこうあるべきだからこう作り直そうといった主張はない。ないというか、意図的にそうしたものを全て否定していると思われる。偶然に次ぐ偶然によってアーサーはこうした出来事に巻き込まれていくのだが、後半、それについて運命のようなものにアーサーが気付きかけた途端、造物主っぽい人(ビル・ナイ)に「それは気のせいだ」と即座に否定される。造物主っぽい人も神ではなく事業として大量に抱えるスタッフたちと共に地球を作り直しているだけで、おそらくあれこれミスもありそうな雰囲気がある。なんというか、やれることはやるけど完璧なんて無理だよね、という感覚が宇宙規模で展開する作品なのである。

 そもそも本作の作者であるダグラス・アダムスがなんでも笑い飛ばすコメディ作家出身ということがそのあたりに大きく寄与しているのだろう。アダムスはケンブリッジ大学のコメディ劇団フットライツを経てコメディ史に燦然と輝くテレビ番組『空飛ぶモンティ・パイソン』最終シリーズにライター参加(パイソンのメンバー以外がライターとしてクレジットされるのは異例中の異例)、その後ラジオドラマや今も続く長寿SFドラマ『ドクター・フー』への参加などの流れでラジオ用のSFコメディドラマ『銀河ヒッチハイク・ガイド』が大ヒット。以降、同作の小説版やテレビドラマ版を手がけ、コミックやゲームとしても展開、最終的にこの映画版へと結実する。

 筆者が触れたのはこのうち映画版と小説版(河出文庫。全5巻)のみだが、基本的に確率がゼロではないことによる偶然が危機的な現状を打破するとともに、その偶然の馬鹿馬鹿しさが笑いも生むといった小ネタの集積、しかし都合の良い運命論は皮肉の対象でしかないというような作風で、こうした自身の持ち味が先なのかそもそもそういう思想信条なのかはわからないが、結果としてダグラス・アダムスは自分自身を「急進的無神論者」と定義付けていた。

 そんなわけでリセットもできることはすればいいしそのままのところはそのまんま、うまくいかなかったらその都度どうにかしてみたらいいんじゃないの、運命なんてないんだし、みたいな気分になる作品、といったら強引だろうか。本作ではラスト、本編に全く登場していないおじさんのどアップが宇宙空間に拡散していく。続いて表示されるのは「ダグラスに捧ぐ」のテロップ。ダグラス・アダムスは本作準備中に他界しており、おじさんの顔はダグラス・アダムスのものである。宇宙に散った急進的無神論者の気楽な感覚を摂取し、2026年もあまり気負わず生きていければ良いな、と思ったりするのであった。

田中元画像.jpeg文/田中元(たなか・げん)
ライター、脚本家、古本屋(一部予定)。
https://about.me/gen.tanaka

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