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奪われた声、消えない記憶──沈黙に抗う実話『アイム・スティル・ヒア』

『アイム・スティル・ヒア』 8月8日(金)公開

本作の題名をどこかで聞いた記憶がある人もいるのではないだろうか?
今回紹介する『アイム・スティル・ヒア』は、今年のアカデミー賞でブラジル史上初めて主要部門に3部門(作品賞、主演女優賞、国際長編映画賞)にノミネートされ、国際長編映画賞を受賞している。ほかにも第81回ヴェネツィア国際映画祭で最優秀脚本賞を受賞、第82回ゴールデングローブ賞ではブラジル人女優として初めて主演女優賞に輝いた。
受賞歴を見ても分かるように、大きな映画祭で高く評価された作品であるだけに、鑑賞前の期待値も自然と高まってしまうだろう。

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本作の舞台は1970年、軍事独裁政権下のブラジル。元国会議員ルーベンス・パイヴァとその妻エウニセは、5人の子どもたちと共にリオデジャネイロで穏やかな暮らしを送っていた。しかしスイス大使誘拐事件を機に、空気は一変していく。軍の抑圧は市民へと雪崩のように押し寄せ、ある日、ルーベンスは軍に連行され、そのまま消息を絶ってしまう。
突然、夫を奪われたエウニセは必死にその行方を追い続けるが、やがて彼女自身も軍に拘束され、過酷な尋問を受けることとなる。数日後に釈放されるものの、夫の消息は一切知らされなかった。沈黙と闘志のはざまで、それでも彼女は夫の名を呼び続けた――。
自由を奪われ、絶望の淵に立たされながらも、エウニセの声はやがて、時代を揺るがす静かな力へと変わっていく。

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実話がベースとなっている作品だけに、「こんなことが本当にあったのか」と行き場のない感情と鑑賞後は向き合うことになるだろう。それでも私たちは「今」を生きていくために、過去に起きた出来事を知っておくことで、回避するすべを探ったり、そうならないために小さなことでも自分にできることはないか、考えることができる。

なにもしていないはずの人が突然姿を消す。
消息のわからない家族を探し、待つことしかできない残された人の気持ちになると、やりきれなさを感じた。本作が国際映画賞を受賞したことの意味を、今一度考えたいと思える作品だった。

(文/杉本結)

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『アイム・スティル・ヒア』
8月8日(金)公開

監督:ウォルター・サレス
出演:フェルナンダ・トーレス、セルトン・メロ、フェルナンダ・モンテネグロ
配給:クロックワークス

原題:AINDA ESTOU AQUI 英題:I'M STILL HERE
2024/ブラジル・フランス/137分
公式サイト:https://klockworx.com/movies/imstillhere/
予告編:https://youtu.be/sRLFrvyEoGs
©2024 VIDEOFILMES / RT FEATURES / GLOBOPLAY / CONSPIRAÇÃO / MACT PRODUCTIONS / ARTE FRANCE CINÉMA

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