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幸せとはなにか見つめ直す『お坊さまと鉄砲』

『お坊さまと鉄砲』 12月13日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、シネ・リーブル池袋ほか全国順次ロードショー

「世界一幸福度の高い国」として有名となったブータン。ブータンの映画を鑑賞したことがある人は少ないかもしれない。今回紹介するのは長編映画監督デビュー作の『ブータン 山の教室』(2019)が世界中でサプライズヒット、第94回アカデミー賞の国際長編映画賞にノミネートされ、ブータン映画初のオスカー候補という歴史的快挙を成し遂げたパオ・チョニン・ドルジ監督、待望の第2作『お坊さまと鉄砲』だ。

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2006年、国民に愛された国王の退位により、民主化へと転換を図ることになったブータンで、選挙の実施を目指して模擬選挙が行われることになる。周囲を山に囲まれたウラの村で、この報を聞いた高僧は、なぜか若い僧に銃を手に入れるよう指示する。時を同じくしてアメリカから"幻の銃"を探しにアンティークの銃コレクターがやって来て、村全体を巻き込んで思いがけない騒動が持ち上がる...。

今回、舞台となった2006年、ブータンの一般家庭にようやくテレビが普及し始めた頃だった。日本では戦後の昭和に近いイメージだった。ブータンが世界で最後にテレビに接続し、テレビ放送を許可した国となった背景には、世界がデジタル時代に突入する中で、ブータン人はインターネット、携帯電話、ケーブルテレビを避け、独自の生活様式を守ることを選んだことがあった。しかし、この映画の舞台となった2000年代半ば頃、ブータンはデジタル政治化された世界から取り残され、自らの存在が脅かされていることに気づき始める。そして、国王が自ら退位して民主主義制度を国に導入する流れを作り始める。

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本作の鍵ともなる「選挙」。劇中で、まず村人は選挙という言葉も意味も知らない。選挙をするために一人ひとりの個人情報を登録しようとしても、生年月日を知らない人もたくさんいた。「そんなこと知ってなんの意味があるんだ?」。そんな村人の台詞が印象的だった。私たちは自分の誕生日を知っているのが当たり前だが、ブータンではそうではなかったことに驚いた。そして、選挙をすることで複数人の中から一人を選ぶという今までになかった行為をすることになる。思想の対立がここで初めて起こり、今まで平和だった人間関係にも荒波をたてることになっていく。「選挙」がないことで対立が起こることもなく平和だった家族が、選挙が始まることで関係がギクシャクしていく姿を鑑賞しながら、幸せってなんだろう?とモヤモヤした気持ちになった。

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実は世界一幸福度の高い国として知られることになったブータンも2019年には95位という幸福度になり、現在はランキングから姿を消している。ちなみに日本は2024年143カ国中、51位だ。近年は特にSNSの普及により他人と比較することで幸福度を下げてしまう人が増加している傾向にあるように推察する。

便利な時代になったけれど、それによって失われた価値観や人間の奥底にある感情、持っていたはずの純粋な気持ちを思い出させてくれるようなラストとなっている。
私たちが生きていく中で、仕事をしてお金を稼ぐ日常は幸せに暮らすための手段なのだとしたら、真面目すぎる日本人は自分たちの幸せのためになにかを失っているのかもしれない。「幸せとはなんだろう?」と見つめ直すきっかけになる一本だった。

(文/杉本結)

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『お坊さまと鉄砲』
12月13日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、シネ・リーブル池袋ほか全国順次ロードショー

監督・脚本:パオ・チョニン・ドルジ
出演:タンディン・ワンチュク、ケルサン・チョジェ、タンディン・ソナム
配給:ザジフィルムズ、マクザム

2023/ブータン、フランス、アメリカ/112分
公式サイト:https://www.maxam.jp/obousama/
予告編:https://youtu.be/vwGYYfidQU4
© 2023 Dangphu Dingphu: A 3 Pigs Production & Journey to the East Films Ltd. All rights reserved

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