もやもやレビュー

愛が湧き立つヒューマンサスペンス『愛に乱暴』

『愛に乱暴』 8月30日(金)より全国ロードショー

日本を代表する小説家の1人、吉田修一。『パーク・ライフ』という作品で芥川賞を受賞し、同年に『パレード』が山本周五郎賞を受賞した。純文学と大衆小説を合わせて受賞するほど作品の幅は広く、魅力的な作品が多い。
吉田修一は現在は芥川賞の選考委員となっている。代表作でもある『悪人』『怒り』など数々の作品が映画化、ドラマ化されていることでも人気を計り知ることができる。最近では『湖の女たち』が公開されたばかりである。
来年には『悪人』『怒り』でメガホンを撮った李相日監督が再びメガホンをとった『国宝』が公開予定となっている。
吉田修一は原作ファンも映画ファンも大注目の作家なのだ。

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今回紹介する『愛に乱暴』は表面だけみるとただの不倫物語。主人公の桃子にただただ同情する物語のようにもみえるが、それだけのはずがない。
丁寧な暮らしをすることで夫と慎ましくも平穏な日常を送ってきた主人公桃子(江口のりこ)。周囲で少しずつおかしな出来事が起こり始める。近所のゴミ置き場で起こる不審火、失踪した猫、桃子の携帯の画面に映る誰かのSNS...。ほんの少しずつ、だけど確かに乱れ始める平穏な日常の先に待つものの正体とは?

映画を鑑賞して、本当にもやもやした。このもやもやの正体もすぐにはわからず、とにかく心の底からもやもやが晴れなくてふとした家事の合間に思い出しては考えていた。
毎回、吉田作品に出会う度に自分にもわかる近くにある感情だったり、親近感だったりすぐにはピースがはまらないけどゆっくり考えてパズルのピースを繋げ合わせていくようなそんな感覚を味わう。

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鑑賞後、毎回すぐに椅子から立ち上がる気にはなれない作品が多い。余韻に浸る時間が必要で、その時間が長く必要でいつも鑑賞後に予定は入れないことにしている。
今回も例外ではなかった。不審火と夫の不倫を疑う気持ちがまるでリンクしているかのように感じた。

それでも、丁寧な暮らしは習慣となっている桃子。外からでは到底計り知れない過去の痛みや悲しみを人は誰しもが多かれ少なかれ持っている。それでも、平穏を装ってでも生きている。なにがあっても1日1日を強く生きる女性の姿をみた。そして、私たちが何気なく使うある言葉がこんなにも人を救う言葉になることもあるんだと深く思うラストだった。

張り詰めた気持ちを癒す言葉の力を深く感じた。ほぼ全編に出演している江口のりこさんの演技力も素晴らしい作品となっているのでぜひ、劇場で桃子に寄り添ってみて欲しい。

(文/杉本結)

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『愛に乱暴』
8月30日(金)より全国ロードショー

監督・脚本:森ガキ侑大
出演:江口のりこ、小泉孝太郎、馬場ふみか、風吹ジュン
配給:東京テアトル

2024/日本映画/105分
公式サイト:https://www.ainiranbou.com
予告編:https://youtu.be/k7l-cg63sQo
Ⓒ2013 吉田修一/新潮社 Ⓒ2024「愛に乱暴」製作委員会

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