【「本屋大賞2026」候補作紹介】『イン・ザ・メガチャーチ』――熱狂に必要なのは"物語"。消費社会の行きつく先にあるものは救いか、それとも――?

イン・ザ・メガチャーチ
『イン・ザ・メガチャーチ』
朝井リョウ
日経BP 日本経済新聞出版
2,200円(税込)
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 BOOKSTANDがお届けする「本屋大賞2026」ノミネート全10作の紹介。今回取り上げるのは、朝井リョウ(あさい・りょう)著『イン・ザ・メガチャーチ』です。

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 特定の信仰を持たない、無宗教の人が多いとされる日本。しかし、「推し(=神)の崇拝」「グッズ購入や投げ銭という名のお布施」「聖地巡礼」「ファン(=信者)同士の共同体」などの構造を持つ「推し活」は、宗教とかなり似た側面があるとも指摘されています。

 『イン・ザ・メガチャーチ』は、そんな推し活の「ファンダム経済」に焦点を当てた作品です。ファンダムとは、「特定の人物や作品などのファン集団」のこと。本書では、あるグループを運営する側、のめり込む側、かつてのめり込んでいた側という3つの視点から、推し活がもたらす現代社会の功罪を描き出します。

 久保田慶彦は、レコード会社の経理部に勤務する47歳。現在は元妻や愛する一人娘と離れ、ひとり寂しく暮らしています。しかしあるとき、過去に洋楽部門で業務を共にした同期から、デビュー間近のアイドルグループの立ち上げの協力を打診され、久しぶりに活力が湧いてきます。

 久保田の娘である武藤澄香は、洋楽や洋画が好きで国際色豊かな大学に入ったものの、繊細な性格が災いして自信を喪失している大学生。ひょんなことからデビューを控えたある男性アイドルに共感を覚え、推し活にのめり込んでいきます。

 35歳の契約社員・隈川絢子は、苦しい生活の中で推しの俳優を応援することが日々の生きがい。ある夜、推しに関するハッシュタグをトレンド入りさせるべくファンダムと奮闘していたところ、SNSのタイムラインで突然の訃報を目にします。

 熱狂されるアイドルに必要なものは何でしょうか。本書では、それはビジュアルやスキルより"物語" だと示されています。

「メンバーの物語を適切な形で提供し続けることで、物語中毒者を手放さず、寧ろより深みに嵌まらせること」(本書より)

 これこそ信徒獲得と教義の布教に欠かせないというのです。

 生きる目的がわからない、社会や家族にうまく溶け込めない、孤独な毎日に嫌気がさしている......そんな殺伐とした人生で、「決して少なくない人が、自ら何らかの中毒に陥りたがっている」「我を忘れて何かに夢中になっているほうが、楽だから」と、運営側の国見という人物は指摘します。

 とことん視野を狭め、心をかき立てる"物語"に没頭すれば、私たちは現実世界での痛みを忘れることができるかもしれません。しかし、その"物語"が周到に作られた装置であるならば、信者が資金、時間、労力のすべてを使い果たしたとき、そこにはどのような世界が残されているのでしょうか。

 そんなファンダム経済の行方を描いた本書。神を信じる人が少ないこの国で、それでも何かにすがらずにはいられない澄香と隈川という二人の"すみちゃん"の存在は、決して他人事ではありません。

 今の時代が抱える虚無や不安、孤独などを圧倒的な解像度で映し出した本書は、朝井リョウ作家生活15周年にふさわしい傑作と言えます。

[文・鷺ノ宮やよい]

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