もやもやレビュー

空白が心地よい『わたくしどもは。』

『わたくしどもは。』 5月31日(金)より新宿シネマカリテほか全国順次公開

私がこの作品を鑑賞したのは東京国際映画祭だった。コンペティション部門に選出された作品の中でも群を抜いて独特な世界観だった。作品から生まれる空気に背筋を正された感覚を今でも覚えている。とても静かで余白の多い作品だった。その余白に生と死だったり、鑑賞中に1人で考える空白の時間が意図的にあるように感じた。

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「生まれ変わったら、今度こそ、一緒になろうね」。そう言った後の記憶はない。名前も、過去も覚えていない女(小松菜奈)の目が覚めると知らない部屋に寝そべっていた。舞台は佐渡島。鉱山で清掃の仕事をするキイ(大竹しのぶ)は施設内で倒れている彼女を発見し、家へ連れて帰る。女は、キイと暮らす少女たちにミドリと名付けられる。キイは館長(田中泯)の許可を貰い、ミドリも清掃の職を得る。ミドリは猫の気配に導かれ、構内で暮らす男、アオ(松田龍平)と出会う。彼もまた、過去の記憶がないという。言葉を重ねながら、ふたりは何かに導かれるように、寺の山門で待ち合わせては時を過ごすようになる。そんなある日、アオとの親密さを漂わせるムラサキ(石橋静河)と遭遇し、ミドリは心乱される。

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「私の名前は...」
名前がなくても私はわたし。
とても文学的な言い回しの台詞に慣れるまで序盤は少し戸惑った。慣れてくるとだんだん台詞の持つ奥深さなどを楽しみながら、この作品が目指す終着地点はどこなんだろうという気持ちで、ゆっくりと本のページをめくりながら読み進めるような気持ちで作品と向き合うことができた。
登場人物は全員名前がわからないから色の名前で呼び合っている。個々の最適な距離感を保ちながら暮らす不思議な世界にいつの間にか慣れてくる。

観客それぞれに、死生観を優しく問う作品だった。

(文/杉本結)

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『わたくしどもは。』
5月31日(金)より新宿シネマカリテほか全国順次公開

監督・脚本・編集:富名哲也
出演:小松菜奈、松田龍平
製作・配給:テツヤトミナフィルム
配給協力:ハピネットファントム・スタジオ

2023年/日本映画/101分
公式サイト:https://watakushidomowa.com
予告編:https://youtu.be/c5qh8XQdiFU
©2023 テツヤトミナフィルム

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