世に問う大問題作『月』
『月』 10月13日(金)全国公開
原作は、実際の障害者殺傷事件である、やまゆり園事件に着想を得て、2017年に発表された辺見庸の小説『月』。事件を起こした個人を裁くのではなく、事件を生み出した社会的背景から人間存在の奥底に向かわねばならないと感じたという著者は、〈語られたくない事実〉の内部に潜ることに独自のアプローチと破格の形式で挑戦した。
原作自体が衝撃が大きい作品だ。その映像化となると、どのように視覚に訴えかけてくるのか...
太陽が見えないほど、深い森の奥にある重度障害者施設「三日月園」。ここで新しく働くことになった堂島洋子は元・有名作家だ。東日本大震災を題材にしたデビュー作の小説は世間にも評価された。だがそれ以来、新しい作品を書いていない。彼女を「師匠」と呼ぶ夫の昌平は人形アニメーション作家だが、その仕事で収入があるわけではない。経済的にはきつい状況だが、それでも互いへの愛と信頼にあふれた二人は慎ましく暮らしを営んでいる。
施設職員の同僚には作家を目指す坪内陽子や、絵の好きな青年さとくんらがいた。洋子は昌平ともども、妹や弟のように年齢の離れた彼らと親しくなる。そしてもうひとつの大切な出会いがあった。洋子と生年月日が一緒の入所者、"きーちゃん"だ。光の届かない部屋で、ベッドに横たわったまま動かない"きーちゃん"のことを、洋子はどこか他人に思えず親身になっていく。
そんな折、洋子の妊娠が判明した。高齢出産になることもあり、彼女は産むという選択にひとり不安を覚える。
施設の仕事にはだんだん慣れてきたものの、しかしこの職場は決して楽園ではない。洋子は他の職員による入所者への心ない扱いや暴力、虐待を目の当たりにする。だが施設の園長は「そんな職員がここにいるわけない」と惚けるばかり。障害者たちの人間らしい生活を支援するはずのこの場所で、不都合な現実の隠蔽がまかり通っているのか。
そんな世の理不尽に誰よりも憤っているのは、さとくんだ。
彼の中で増幅する正義感や使命感が、やがて怒りを伴う形で徐々に頭をもたげていく。特に、誰も入ってはいけないと言われている"高城さん"の入所部屋――その扉を開けてしまった時、さとくんの中で何かが一線を超えてしまう。
「やっと決心がつきました。頑張ります。この国のためです。意味のないものは僕が片づけます」
そして、その日はついにやってくる。――。
この作品、心が元気な時にみないと結構ズンとくるのでご注意を。劇中でさとくんが『人ってなんですか?』という台詞を言うシーンがあります。この重みがすさまじくて見終わってから何日も経っているのにまだまだ私の心の奥底でこの言葉がぐるぐると答えが見つからず迷走しているようなもやもやした気持ちが続いている。
出生前診断で自分の子どもがなんらかの障害があると分かった時に9割の人が中絶という選択肢をしていることも事実。そこに善悪を問うことも難しい問題だ。
そういった事実とこの障害者施設で起こった事件を並行してみせることで、本作の重みが2倍、3倍と増しているように感じた。
そして、劇中の登場人物は起こる出来事に否定も肯定もすることなくただどうしたらいいのか悩み苦しんでいた。
答えは観ている観客にたくす脚本が本当に素晴らしかった。
非常に重い内容ではあるが、主演の宮沢りえはじめ旦那役のオダギリジョー、作家志望の陽子を二階堂ふみ、さとくん役が磯村勇斗と実力派が集結した力作となっている。
本作、今年の賞レースに絡んでくるかも。
(文/杉本結)
『月』
10月13日(金)全国公開
監督:石井裕也
原作:辺見庸『月』(角川文庫刊)
出演:宮沢りえ、磯村勇斗、二階堂ふみ、オダギリジョー ほか
配給:スターサンズ
2023/日本映画/144分
公式サイト:https://www.tsuki-cinema.com
予告編:https://youtu.be/Oiw3tza2euU?si=jPT3t2WRp_JUhITj
©2023『月』製作委員会