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【映画が好きです】『大いなる不在』近浦啓監督 / 森山未來 インタビュー

『大いなる不在』は2024年に日本公開予定

現地時間9月7日より、カナダにてトロント国際映画祭(TIFF)が開幕し、近浦啓監督の『大いなる不在』がワールドプレミア上映されました。森山未來が主演を務め、藤竜也、真木よう子、原日出子が共演する本作は、認知症と闘う父と息子の姿を描く物語。全編35mmフィルムで撮影されています。小さな家族を描いた本作には、どのような思いが込められているのか、またトロント上映についての心境などをお伺いしてきました。

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――この度は、トロント国際映画祭でのワールドプレミア上映、おめでとうございます。この地での上映についてどのような思いでしょうか。

近浦監督:僕は(トロント国際映画祭に)2回目の参加なのですが、セレモニーという感じでもなくって、市民映画祭としてすごくフレンドリーでいいなって思います。

――森山さんはトロントの印象はどうですか。

森山さん:ベネチアの映画祭に参加してからこっちに来て、少し長く過ごせました。意外とトロントのいろんな部分が見られて楽しいですね。あと映画上映前の予告が流れる時にボランティアや関わった人に感謝を述べるというスタンス(※)が、すごく素敵だなと思いました。すごく都市型ではあるけれども、温かい空気感もありますね。

※TIFFでは、作品上映前にボランティアとして携わった人の映像が流れ、観客が拍手を送る。

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――『大いなる不在』のトロントでのワールドプレミア上映は、どのような意味を持ちますか?

近浦監督:僕にとっては2回目のトロント国際映画祭の参加なんです。トロントのコンペでプレミアができるのは、国際的に非常に重要な一歩だと思います。誰もが望んでそこに行けるわけではないので、そういう幸運な機会を得られたこと、そして再び参加させてもらえたことに感謝の気持ちでいっぱいですね。

森山さん:これはもちろん、近浦さんの映画で、近浦さんが達成しているものなので、僕が何かか言えることでは基本的にないとは思っているのですが、近浦さんと現場や撮影後も色々とお話をさせてもらっている中で感じたのは、彼が今まで積んできたキャリアに、長編作品が2本ある。色々なビジョンを持ちながら、このトロントという場所を選んで、映画祭でコンペに選ばれている。そのビジョンのもとに、一つ一つ積み重ねている彼の姿に、すごくリスペクトがありますね。

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――本作は35mmフィルムで撮影されたとのことですが、その決断に至った理由はなんでしょうか。

近浦監督:全然、迷いはなかったです。35mmが好きなので。いわゆる、デジタルに変換をせず、光をそのまま乳化剤の上に焼き付ける。そういった映画作りの歴史があって、今は使われていないことが多いですが、自分もその歴史の一部を経験したいという、ただそれだけですね。

――森山さんは主人公を演じられていて、自分と重なる部分はありましたか。

森山さん:『大いなる不在』というタイトルで、認知症がある中で、存在しているもの、存在していないもの、そして持っているものを失っていく......みたいな、ちょっと抽象的かも知れません。でも、いろんな人たちがお互いにリンクし合っていくことによって「不在」というものが見えたとき、そこに大きく輪郭としてある存在みたいなものが見えてくる。あるいは取り払われた結果、そこに残っている「コア」なものの存在を強く意識することになる。言葉だけで言ったらすごく哲学的ですが、まさにそういう映画です。僕のキャラクターというよりも、複雑な構造の物語を見ていく中で、主人公だったり、父の話だったりに没頭していくけど、同時に自分自身の話になっていくというか。自分にとって「持っているもの」「持っていたもの」ってなんだっただろうと。自分の物語が走馬灯のように流れてくという、すごく面白い映画体験が出来たと思います。

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――今回の映画作りを通して、認知症というものに対しての向き合い方に変化はありましたか。

近浦監督:いや、全く変わっていないです。抽象化して考えると、これは人間の純愛の話で、時間に関する話、そして記憶に関する話。大きくこの3つがあって、それをどうマージしていくのか。どう大きなスケールにしていくのか。それがものすごく難しかったです。本作は、小さな家族の話であり、別に社会問題を扱っているわけでもないですから。だけれども、僕が作りたいのは、抜け感のいい大きなスケールのもの。皆さんの前で上映した時に、それが多分、できたのではないかなと思いましたね。
森山さんも言っていたように、認知症に関する話は、なくなっていく過程みたいなところがある。たとえば、言葉や言動など表出するものからは、少なくとも認知症になる前にあった良識、常識、記憶、そういったものがどんどんなくなっていく。だけど、そこで残っているもの......先ほど森山さんが「コア」という表現されていましたけど、そこに人間の本質が見えてくるのだと思います。

森山さん:少し前に認知症の本を読んで面白かったのが、施設で働いている人の観察に基づいた話。あるグループが座ってすごく楽しそうに喋っている。楽しそうだなと思って近づいていくと、もう、何を喋っているのかわからないんですって。言語としては、コミュニケーションが成立していないけれども、みんなが繋がっている感覚で楽しんでいる。そういうことが、事実としてあるんですよ。プライドとか、認知症になる前に持っていたものが邪魔をするけれども、それすらも抜け去った先には、言葉を超えたところにある喜び、人と繋がっている喜びがあるというか。その幸福の中で、人は消えていくのかなって。

近浦監督:今の話、すごく面白いですね。今回の作品は、脚本を仮に添削されるとしたら、「彼(主人公)が変わる動機はどこだ」って言われるタイプの映画なんです。だけど今、森山さんの話聞いていてすごく面白いなと思ったのは、主人公が3回くらい面会に行ってお父さんと会話をするけれども、全く会話になってないんです。でも、確かにコミュニケーションがあるんだなって今思いました。でもやっぱり終盤にかけての彼は、前半とは確実に違うのです。今の話を聞いていて、リンクする部分がありました。

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――私も今の話を聞いて、もう一度見直したらまた視点がちょっと変わるのかなと思いました。

近浦監督:多分2回目にも新たな発見があるというような映画になっているんじゃないかなと思います。 

――最後に、おふたりの好きな映画について教えてください。監督と森山さんが好きな映画、1本挙げるとしたらなんでしょうか。

近浦監督:すごくたくさんあるのですが、ぱっと今浮かんだのが、フェデリコ・フェリーニの『道』(1954年)ですかね。あれは本当に大きな影響を受けたなと思いましたね。

森山さん:僕は『情婦』(1957年)という映画。母親が結構クラシカルな映画をいっぱい見る人だったので。ビデオを引っ張ってきて、それを夜中にこれ1人で見た時にすごい衝撃を受けました。

近浦監督:森山さん、ビリー・ワイルダーなんですね。

森山さん:はい、僕はティーンエイジャーまでは、がっつりアメリカなんです。コンテンポラリーの概念に出会ってから、もうちょっと違う感じで、ヨーロッパとかの作品を見ています。

近浦さん:改めて聞くと面白いな。昨日、マイケル・ジャクソンにすごく影響を受けたって言っていて。

森山さん:僕にとってマイケル・ジャクソンとMGMのハリウッドミュージカルが原点なんです。

近浦監督、森山さん、ありがとうございました!

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『大いなる不在』は2024年に日本公開予定

(取材・文・写真/齋藤彩加)

Image Credit : Courtesy of TIFF

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