もやもやレビュー

極限の選択をしたボクサー。『アウシュヴィッツの生還者』

『アウシュヴィッツの生還者』 8月11日(金・祝)より新宿武蔵野館ほか公開

ついに打ち明ける時が来た──生き残った本当の理由。アウシュヴィッツからの生還者が明かす衝撃の実話が、スクリーンに映し出される。

サブ2.jpg

1949年、ナチスの収容所から生還したハリーは、アメリカに渡りボクサーとして活躍する一方で、生き別れになった恋人レアを探していた。レアに自分の生存を知らせようと、記者の取材を受けたハリーは、「自分が生き延びた理由は、ナチスが主催する賭けボクシングで、同胞のユダヤ人と闘って勝ち続けたからだ」と告白し、一躍時の人となる。だが、レアは見つからず、彼女の死を確信したハリーは引退する。それから14年、ハリーは別の女性と新たな人生を歩んでいたが、彼女にすら打ち明けられないさらなる秘密に心をかき乱されていた。そんな中、レアが生きているという報せが届く──。

サブ4.jpg

毎日、いつ殺されるか怯えながら1日1日自分の命のことだけを考えて生き延びていたことが、ボクシングの描写から痛々しいほど伝わってきた。ボクシングといっても生死をかけた戦いで、本気でやりあわないと終わらない。アウシュヴィッツ時代のシーンはモノクロで綴られているのだが、ラウンド30に到達する頃には極寒の夜が訪れているほどに長い時間の経過を、リングの上に立つ2人の白い息から気づかされた。極寒の中で上半身裸で戦う2人。けれど寒さなど関係ないほどに、生きるか死ぬかの戦いだった。
こんなことが本当にあったなんて、なんて残酷なんだろう。生死の境で日々自分が生き残ってきたことに苦しむ主人公の姿に、時代の酷さを痛感した。決して主人公は誰かを殺すことを選択したわけではない。そうしなかったら死んでいた。

サブ8.jpg
自分の全てをさらけだして、もしも家族に受け入れてもらえなかったらと考えたら怖い。言えずにうちに秘めていたことがたくさんあって辛かっただろう。

600万人が殺害されたと言われるなかで、生き残った人の見たものをこうして映像として見られてあらためて戦争の怖さを考えた。日本人にとっての8月。戦争という重いテーマと向き合い静かに考えるには素晴らしい作品だった。平和に暮らせていることに感謝する時間にもなった。

(文/杉本結)

***
サブ1.jpg

『アウシュヴィッツの生還者』
8月11日(金・祝)より新宿武蔵野館ほか公開

監督:バリー・レヴィンソン
出演:ベン・フォスター、ヴィッキー・クリープス、ビリー・マグヌッセン、ピーター・サースガード、ダル・ズーゾフスキー、ジョン・レグイザモ、ダニー・デヴィート
配給:キノフィルムズ

2021/カナダ・ハンガリー・アメリカ/129分
公式サイト:https://sv-movie.jp
予告編:https://youtu.be/yRyr-RbZQXA
© 2022 HEAVYWEIGHT HOLDINGS, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

« 前の記事「もやもやレビュー」記事一覧次の記事 »

BOOKSTAND

BOOK STANDプレミアム