もやもやレビュー

命をかけたベストセラー『ナチスに仕掛けたチェスゲーム』

『ナチスに仕掛けたチェスゲーム』 7月21日(金)よりシネマート新宿他全国順次公開中

原作はオーストリアの作家、シュテファン・ツヴァイクの「チェスの話」。1933年にヒトラーがドイツの首相に就任し、オーストリアにも反ユダヤ主義が広まったことから、ユダヤ人のツヴァイクは、1934年イギリスへ亡命する。その後、ブラジル、アメリカなどを転々としたツヴァイクが、1942年にペトロポリスで本作を書いたのだが、完成した直後に自殺を選んだために、これが最期の小説となった。

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劇中では、ツヴァイク自身と重なる主人公が、極限状況の中、心身を病みながらも、何とか生き延びようとする姿が描かれる。主人公と同じく平和と芸術を深く愛するツヴァイクが、ナチスによる生命と文化の破壊に絶望して亡くなったことから、命をかけてナチスに抗議した書として世界的ベストセラーとなった傑作の映画化が実現した。

ロッテルダム港を出発し、アメリカへと向かう豪華客船。主人公ヨーゼフは久しぶりに再会した妻と船に乗り込む。かつてウィーンで公証人を務めていたヨーゼフは、ヒトラー率いるドイツがオーストリアを併合した時にナチスに連行され、彼が管理する貴族の莫大な資産の預金番号を教えろと迫られた。それを拒絶したヨーゼフは、ホテルに監禁されるという過去を抱えていた。船内ではチェスの大会が開かれ、世界王者が船の乗客全員と戦っていた。船のオーナーにアドバイスを与え、引き分けまで持ち込んだヨーゼフは、彼から王者との一騎打ちを依頼される。ヨーゼフがチェスに強いのには悲しい理由があった。監禁中に書物を求めるも無視されたヨーゼフが、ナチスの監視の目を潜り抜け盗んだ1冊の本がチェスのルールブックだったのだ。仕方なく熟読を重ねたヨーゼフは、すべての手を暗唱できるまでになった。その後、ヨーゼフは、どうやってナチスの手から逃れたのか? 王者との白熱の試合の行方と共に、衝撃の真実が明かされる──。

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本作、肉体的によりも精神的な拷問がかなり辛い。戦前と戦後の主人公の姿の変化はとても同一人物とは思えないほどのものだった。
そんな主人公を演じたオリヴァー・マスッチの気迫溢れる演技に惹き込まれていった。本作を鑑賞したときに船の中で起こっている出来事がどうにも納得できないことの連続で、乗客とのやり取りもどこか煮え切らないというのか、会話の内容に意味を感じることができなかったり不思議な感覚にモヤモヤが蓄積されていった。

このフラストレーションに落とし所はあるのか?という疑問を抱きながら鑑賞し続けて、すべてがわかった瞬間にゾワッとした。
『まじかぁー』と呟いてしまった。
少しずつ観客にもしかして...と種明かしされていくその構成が、とても巧みで見応えのある作品だった。ぜひ、じっくりと作品の意図を鑑賞後に考えてほしい。大人のほろ苦い作品だった。

(文/杉本結)

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『ナチスに仕掛けたチェスゲーム』
7月21日(金)よりシネマート新宿他全国順次公開中

監督:フィリップ・シュテルツェル
出演:オリヴァー・マスッチ、アルブレヒト・シュッへ、ビルギット・ミニヒマイアー
配給:キノフィルムズ

原題:Schachnovelle
2021/ドイツ/112分
公式サイト:https://royalgame-movie.jp/
予告編:https://youtu.be/iX8pxi2dQ0Q
© 2021 WALKER+WORM FILM, DOR FILM, STUDIOCANAL FILM, ARD DEGETO, BAYERISCHER RUNDFUNK

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