もやもやレビュー

二兎を追う「甘み」と「苦み」を顧みる『夏の終り』

『夏の終り』
有楽町スバル座ほか全国公開中
©2012年映画「夏の終り」製作委員会

 欲張りな方は正直者だと思います。良いか悪いかは別として。瀬戸内寂聴の同名小説を原作とした映画『夏の終り』の主人公、知子(満島ひかり)は恋愛にとても正直で、とても欲張りな女性です。

 妻子ある年上の作家・慎吾(小林薫)と逢瀬を重ねる知子。不倫という関係を正すこともなく宙ぶらりんの生活を楽しんでいた知子の元に現れたのが、その昔に夫と子供を捨て去り、駆け落ちするほど恋に溺れた相手、涼太(綾野剛)でした。慎吾との安寧とした関係と同時に、情熱的に自分を欲する涼太とも関係を持ってしまった自らの業の深さに苦しむ知子。自分の気持ちに正直に生きる彼女の姿には、男女の関係にとどまらない「人の欲深さ」が体現されているように思えました。

 1人でいる気楽さも欲しければ、他人といることで得られる安心も欲しい。さらに俗っぽい例で言えば、甘い物も辛い物も食べたい。そんな誰もが持っている、相反するものを同時に求めてしまう感情の極地が、知子のいびつな恋愛には表れているように思えました。

「あれも欲しいし、これも欲しい」と二兎を追ってどっちつかずになってしまうタイプの方。知子を通して、気持ちを一つには決めきれない苦しさを追体験してみてはいかがでしょうか。欲張りな自分を少し俯瞰して見ることができるかもしれません。
(文/伊藤匠)


『夏の終り』
有楽町スバル座ほか全国公開中
監督:熊切和嘉
出演:満島ひかり 綾野剛/小林薫
公式サイト:http://natsu-owari.com

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