強制収容所で芽生えた恋 極限下で生きた男女の70年を描いた実話

アウシュヴィッツの恋人たち
『アウシュヴィッツの恋人たち』
ケレン・ブランクフェルド,杉田 七重
東京創元社
3,850円(税込)
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 ポーランドのアウシュヴィッツ強制収容所が解放されてから、2025年で80年となりました。この年の11月に日本で発行されたのが『アウシュヴィッツの恋人たち』という書籍。強制収容所内で恋に落ちた、ある男女の70年の軌跡を描いたノンフィクションです。

 ツィッピことヘレン・ジポラが生まれたのは1918年。スロバキアの中流家庭に生まれた彼女は、念願だったグラフィックデザイナーとしての道を歩み始めていた23歳のとき、ポーランドのアウシュヴィッツ強制収容所に移送されました。

 収容所での労働は、比較的ましとされていたのが台所仕事や制服の仕分け・修繕、事務作業といった屋内仕事であり、最悪なのが凍るような寒さや危険な作業がつきまとう屋外仕事でした。ツィッピは屋内仕事に就くため、自身のグラフィックデザインの腕前をアピールし、女性収容者の服の背中に太い赤の縦縞を描く仕事を任されます。

 その後も看板描きや腕章のデザイン、女性収容所の立体模型作成などを次々とこなし、その才能の高さと細やかな気配りから「事務室のツィッピ」と呼ばれるようになります。自室を与えられ、収容所内を比較的自由に移動できるなど、特別な待遇を受ける存在となりました。

 いっぽうで、上司のカティアと収容所内の環境改善に努めたり、怪我をした者を自室にかくまったり、さまざまな手段で大勢の収容者の命を助けることも怠りませんでした。

 そんななかで出会ったのが、家族を失い、同じ収容所にたどりついた16歳の青年ダヴィドです。オペラ歌手を目指していた彼は、その優美な歌声を看守や将校に認められ、「サウナ」と呼ばれる屋内仕事に就いていました。

 初めて会った瞬間から恋に落ちたツィッピとダヴィッドは、次第にふたりきりでの逢瀬を繰り返すようになります。しかし収容者同士の恋愛は懲罰の対象であり、見つかれば拷問や死刑に直結することも......。

 こうした極限の状況下でも人は誰かを愛することができるのだろうかと疑問が浮かびますが、その答えは以下の文章にあるかもしれません。

「死の種はどこにでも転がっていて、逃れる術はない。問題は死ぬかどうかではなく、いつ死ぬかだった。ゆえに収容者たちは求めてやまない。誰かに優しく触れられたい。痛みではなく快楽を、性のまじわりから得たい。そのためなら、どんな危険も冒そうと考えるのである」(本書より)

 1945年1月17日、ようやく収容者解放の時が訪れます。ダヴィドと再会を約束した場所へと向かうツィッピ。二人は無事に再会し、ともに生きていくことができたのか――その結末はぜひ本書で確かめてください。

 当時10代、20代だった二人。過酷な体験を経たあとにも人生は続きます。本書は、その後の二人が人生をたくましく切り拓いていった部分にも焦点を当てています。当時の貴重な写真や資料とともに、強制収容所の現実を伝える一冊として、読み継がれていくべき書籍と言えるでしょう。

[文・鷺ノ宮やよい]

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