冷酷な殺人鬼だけではない? すぐそばにいる可能性もある「サイコパス」という存在

サイコパス (文春新書)
『サイコパス (文春新書)』
中野 信子
文藝春秋
858円(税込)
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突然だが、「サイコパス」と聞いてどのような人物を思い浮かべるだろうか。たとえば常人には理解の及ばない言動・行動を見せる人や、猟奇的な事件を起こした犯罪者をイメージするかもしれない。とはいえ、それらの事象をひとまとめに「サイコパス」と総称しても、その人物がどのような思考回路の持ち主なのかを分析したことがある人は少ないのでは?

そこで今回ご紹介したいのが、脳科学者・中野信子氏の著書『サイコパス』(文藝春秋)。私たちの脳と人類の進化に隠されたミステリーに、最新科学の目で迫った1冊だ。

冒頭で中野氏が記した説明によれば、もともとサイコパスとは連続殺人犯など反社会的な人格を説明するために開発された診断上の概念のこと。近年は脳科学の劇的な進歩によってサイコパスの正体が徐々にわかってきており、共感性や痛みを認識する部分の働きが一般人とは大きく異なるという。また、大企業のCEO、弁護士、外科医など大胆な決断をしなければならない職種の人々にもサイコパスが多いとの研究結果も。

「サイコパスは私たちの周囲に紛れ込んでおり、今日もあなたや、あなたの同僚や友人、家族を巻きこんでいるのです」(本書により)

これだけでも思わずゾクっとする文言だが、中野氏は続けて以下のように記した。

「あるいは、この本をいま読んでいるあなた自身が、サイコパスかもしれません」

本書の第1章には、サイコパスが実際に起こした事例が掲載されている。「大胆すぎる虚言」という観点から捉えられたのは、2008年に東京・江東区のマンションで発生した事件。23歳の女性が忽然と姿を消したことから、本書では「女性神隠し殺人事件」と呼ばれている。

逮捕されたのは被害者と同じマンションに住む男。失踪発覚後にはたびたびマスコミのインタビューにも登場して「怖いですね」などと語り、管理会社にも監視カメラが足りないとクレームを入れていたという。しかし実際には男は被害者を切り刻んだ上で、下水溝に流したりゴミ捨て場に遺棄したりしていた。事件と無関係を装う姿に恐怖を覚えるが、男の異常な行動はそれだけにとどまらない。

「もちろん、彼の部屋にも捜査員は入りました。

彼の部屋には段ボールがいくつか置いてあり、当然、捜査員たちはそれを気にかけています。彼は何食わぬ顔で捜査に協力する素振りを見せ、率先して自ら何個も開けて見せ、『残っているものも見ますか?』とまで訊いたそうです。

実はその段階では、まだ被害者の遺体は段ボールの中に入っていたのです。捜査員がすべての箱を開けて確認していれば、彼はその時点で逮捕されていたはずでした」(本書より)

捜査員の疑念を解消してしまったのは、男の自信満々な態度。犯罪が発覚するかもしれない状況下で捜査員を相手に平然とウソがつける思考回路を、どのように受け止めればいいのだろう。

本書では「勝ち組サイコパス・負け組サイコパス」についても言及され、中野氏は「あくまで個人的な見解」と前置きした上で、戦国武将・織田信長を紹介。信長といえば大河ドラマ『麒麟がくる』(NHK)でもその姿が描かれたばかりで、視聴者からサイコパス呼ばわりされた。中野氏は歴史に名を残す信長について、「旧態依然とした秩序の破壊者」と表現。神仏に対するおそれを知らず、多くの武将を虜にした「極めて魅力的な存在」とまで記している。

そもそもサイコパスとは、どのような経緯で誕生するのかが気になる。育った環境? 突発的に生まれてくるもの? そんな疑問を抱いたことはないだろうか。第3章では「反社会性は遺伝するのか」という興味深いアプローチがあり、中野氏はサイコパスに遺伝の影響はないとは言い切れないとの見解を示している。実際に20世紀後半のアメリカで、一緒に暮らしたことがない父子がそれぞれに犯罪をおかして収監されたことが話題になったほどだ。

「サイコパスに関していえば、遺伝の影響は無視できないものがあります。

そしてこれからの時代は遺伝情報が当たり前のように取り扱われるようになっていくことが不可避でしょう。

したがってその点に関しては社会制度や法整備、遺伝に関するリテラシー向上をはかっていくべきです」(本書より)

本書を通して驚かされるのは、サイコパスが決して「極めて稀な存在」ではないという事実だ。生きることが容易ではなくなった現代からすれば、いつどこで新たなサイコパスが芽を出すかもわからない。「この人は普通の人とは何かが違う」と察知する目を養うとともに、自分自身がサイコパスと呼ばれるような行動を起こさないよう意識したい。

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