【「本屋大賞2026」候補作紹介】『さよならジャバウォック』――この読書体験は唯一無二! 予測不能の展開に世界が反転する超常ミステリー

さよならジャバウォック
『さよならジャバウォック』
伊坂幸太郎
双葉社
1,870円(税込)
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 BOOKSTANDがお届けする「本屋大賞2026」ノミネート全10作の紹介。今回取り上げるのは、伊坂幸太郎(いさか・こうたろう)著『さよならジャバウォック』です。

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 まずはタイトルを見て「ジャバウォックとは一体何なのか?」と思う人も多いのではないでしょうか。「ジャバウォック」とは、ルイス・キャロル著『鏡の国のアリス』に登場する怪物のこと。アリスは「ジャバウォックの詩」を読んだあと、「なぜかしら、頭がいろいろな気持ちでいっぱい」と感想を漏らします。

 これと同じ気持ちに陥ったのが、『さよならジャバウォック』の登場人物・佐藤量子です。これまで暴言には耐えていたものの、ついに暴力を振るってきた夫を自宅でとっさに殺してしまった彼女は、焦りや恐怖、不安などから「ジャバウォックの詩を読んだアリス」と同じ状態になります。

 そこに訪ねてきたのは、2週間前に近所でばったり会った大学時代のサークルの後輩・桂凍朗。彼は玄関のインターホンを鳴らし、量子に「問題が起きていますよね。中に入れてください」と呼びかけます。凍朗の提案により、夫の死体を埋めるため2人で山林に入ったものの、急激な眠気に襲われ意識を失った量子。目を覚ますと凍朗の姿はなく、代わりに「破魔矢」と「絵馬」という男女がおり、2人は「申し訳ないですが、一緒に来てください」と量子に告げるのでした。

 この時点では、読者の頭の中は「?」でいっぱい。なぜ凍朗は都合よく現れたのか、なぜ量子を眠らせて姿を消したのか、破魔矢と絵馬とは一体何者なのか......。

 夫を殺してから現実感を失っている量子ですが、その後も予測不能でありながら核心にたどり着かない展開が続き、読者にもふわふわと地に足がつかない感覚をもたらします。しかし途中、ある少女との出会いをきっかけに、日常と非日常の境界が消え、霧が晴れるように真実が明らかになっていきます。

 本書は量子の視点とは別に、「斗真」という男性視点でも物語が進みます。彼は元ミュージシャン・伊藤北斎の世話人兼マネージャーとして、脳に「ジャバウォック」と呼ばれるものが取り憑いた北斎の娘・歌子を救おうと奮闘します。

 著者の「読者をびっくりさせるミステリーが書きたい」という思いのもと執筆されたという本書。ミステリーとして読み進めていたら、SFやファンタジーの要素も感じられる奇妙で不可思議な物語ですが、「ヒトの心の謎を解明する」という意味では、本書はれっきとしたミステリー作品と言えるでしょう。

 暴力に絶望することがある世界の中でも、私たちは希望を見つけて生きることができるのでしょうか。本書に登場する「他人と過去は変えられない。自分と未来は変えられる」という言葉には、その答えにつながるメッセージが隠されているかもしれません。量子の旅の行方をぜひ本書で見届けてみてください。

[文・鷺ノ宮やよい]

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