【「本屋大賞2026」候補作紹介】『エピクロスの処方箋』――映画化決定の医療小説の第二弾。医師・雄町哲郎は今日も京都の街で思考する

エピクロスの処方箋
『エピクロスの処方箋』
夏川草介
水鈴社
1,980円(税込)
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 BOOKSTANDがお届けする「本屋大賞2026」ノミネート全10作の紹介。今回取り上げるのは、夏川草介(なつかわ・そうすけ)著『エピクロスの処方箋』です。

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 2024年本屋大賞にノミネートされ、映画化も決定している医療小説『スピノザの診察室』。その第二弾として刊行されたのが、現役医師である夏川草介さんによる『エピクロスの処方箋』です。

 主人公は前作同様、消化器内科医の雄町哲郎。彼はかつて大学病院で数々の手術を成功させ、医局長として将来を嘱望されていましたが、妹の死をきっかけに甥の龍之介を引き取り、現在は京都の地域医療を担う「原田病院」で働いています。

 ある日、元同僚で雄町の力量を高く評価している大学准教授の花垣から、慢性膵炎の難手術について相談されます。患者は82歳の男性。それは、雄町が大学病院を去る際に激怒させた教授・飛良泉寅彦の父親でした。

 手術を自分が引き受けるべきか、雄町は逡巡しますが......。

 前作同様、この物語には派手な救命シーンも奇跡の回復劇もありません。哲学を好み、思考する医師でもある雄町が見つめているのは、人の命と幸福についてです。

「亡くなる瞬間に手を握って別れの声をかけてやるというのは、テレビドラマでよく見かけるシーンですが、本当に大切なことはそういうことではないと思います。亡くなるまでの時間を、つまり生きている間の時間を、どうやって寄り添いながら積み上げていくか、それが一番大事なんだと私は思っているんです」(本書より)

 そんな言葉をかける雄町の真摯な姿勢に、患者や家族は救われていきます。

 タイトルにもなっている「エピクロス」とは、快楽主義を説いたことで知られる古代ギリシャの哲学者です。

 エピクロスが語る「快楽」とは、際限なく快楽を求めることではなく、苦痛がなく心が安らいでいる状態を意味するとされています。

「幸も不幸も、突然空から降ってくるようなものじゃない。雑多な物事とともに我々の足下に埋もれていて、私たちがそこから何を見つけるかということなんじゃないかな」(本書より)

 雄町が龍之介に語るこの言葉からは、日常の中にある幸せに目を向けることの大切さが示されています。

 そして本書では、さらに思考を深めた雄町から「第三の道」という言葉が語られます。これは、生と向き合う医療でも、死と向き合う医療でもない、「目の前にいる人が今を笑顔で過ごせる」ことを大切にする考え方です。

 京都の四季折々の街並みとともに描かれる、心温まる物語。龍之介の成長や、雄町と後輩女性医師・南との関係にも注目です。

[文・鷺ノ宮やよい]

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