本当の悪の正体とは?『でっちあげ ~殺人教師と呼ばれた男』

『でっちあげ ~殺人教師と呼ばれた男』6月27日(金)公開
私たちは、テレビやネットニュースの報道を見て新しい情報を入手する。その報道を鵜呑みにしていないか、自分自身に問いかける必要があると感じさせられた作品に今回出会ったので紹介したい。なんと、本作は作り話ではない。実際に起こった出来事に基づいた作品だということを知って観賞してほしい。
2003年、小学校教諭・薮下誠一(綾野剛)は、保護者・氷室律子(柴咲コウ)に児童・氷室拓翔への体罰で告発された。史上最悪の「殺人教師」体罰とはものの言いようで、その内容は聞くに耐えない虐めだった。これを嗅ぎつけた週刊春報の記者・鳴海三千彦(亀梨和也)が「実名報道」に踏み切る。過激な言葉で飾られた記事は、瞬く間に世の中を震撼させ、薮下はマスコミの標的となった。
誹謗中傷、裏切り、停職、壊れていく日常。次から次へと底なしの絶望が薮下を押し潰していく。一方、律子を擁護する声は多く、550人もの大弁護団が結成され、前代未聞の民事訴訟へと発展。誰もが律子側の勝利を切望し、確信していたのだが、法廷で薮下の口から語られたのは「すべて事実無根の『でっちあげ』」だという完全否認だった。
自分自身が直接知ることもない事件の犯人を、私たち情報を受け取る側は疑うことなく「悪」と認識してしまう。そこにはマスコミの過激な報道に対する疑問もみえてきた。
劇中では、最初に母親の律子の視点から見た、大雨の日に家庭訪問をする薮下の姿が描き出される。そこにいる薮下はとても威圧的で、さらに攻撃的でもあり、不気味さも感じられた。だがストーリーが進む中で、同じ場面を薮下目線から見ることができる。この中で薮下はとても丁寧で、物腰も低いように感じた。視点を変えてみることで、同じシーンが全く違うように見える。
この感覚には覚えがあった。そうだ、これは子どもの喧嘩によく似ている。子ども同士の些細なけんかなどでもよくあることだが、やられた側が泣きながら「あの子に痛くやられた」と親に言った時、「なんでそんなことされたの?」と聞いても、子どもは自分に都合の悪いことは言わなかったり、忘れたりする。その時の状況に似ている。この時、やった側も近くにいれば、やった側にも事情を聞けば理由があることも多い。お互いの意見をしっかりと聞く必要があるというシンプルな話なのだが、それが子どもへの体罰や人種差別という問題で裁判にまで持ち込まれた本当の話が本作では見られる。
また、是枝裕和監督の『怪物』と重なる場面も多かった。子どもを守ろうとする母親と教師の間で食い違う話をマスコミが騒ぎ立てることによって、本当の悪がどこにあるのか、見るべきところと違うところに論争が発展し、過激に報道することで本人たちさえもが何が真実かわからなくなっていく。そして、渦中の子どもの視点ははっきりと描かれないことで、鑑賞後も「あのときのあの子は今どうしているのだろう?」と考えることが多かった。
私たちはひとり一台携帯電話を持つ時代になり、自分たちの手で情報を入手することが手軽にできるようになった。その一方で、多すぎる情報の中には真実と嘘があり、見極めることも必要となっている。そんな時代だからこそ、本作で語られる真実をスクリーンと向き合い、考え、感じ、つかみ取ってほしい。
(文/杉本結)
『でっちあげ ~殺人教師と呼ばれた男』
6月27日(金)公開
監督:三池崇史
原作:福田ますみ『でっちあげ 福岡「殺人教師」事件の真相』(新潮文庫刊)
出演:綾野剛、柴咲コウ、亀梨和也 ほか
配給:東映
2025/日本映画/129分
公式サイト:https://www.detchiagemovie.jp/
予告編:https://youtu.be/K8szCClvsEQ
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