【無観客! 誰も観ない映画祭 第41回】『マザー』
- 『マザー』
- 楳図かずお,楳図かずお,継田淳,片岡愛之助,舞羽美海,真行寺君枝,中川翔子
- >> Amazon.co.jp
『マザー』
2014年・トラヴィス・84分
監督・原案/楳図かずお
脚本/楳図かずお、継田淳
出演/片岡愛之助、舞羽美海、真行寺君枝、中川翔子ほか
***
この作品を観て、いかに天才のメンタルが凡人では測り知れないことを痛感させられました。1960年代の楳図かずお作品に多い「へびもの」の中でも、母親が蛇女になる『ママがこわい』は当時の児童読者を恐怖のどん底に陥れました。ある日突然キレイだった母親の口が裂け、首はニュッと伸び、草むらの上を「ザザザザ」と蛇行して這い回るのですから怖すぎます。そんな蛇女の原型が母・市恵だと、生前の楳図先生は振り返っていました。
1936年に和歌山県高野町で生まれた楳図先生は、3歳から6歳までを奈良県曽爾(そに)村、6歳から東京に出る27歳までを一族が集中している奈良県五條市で過ごし、両親から聞かされた神話や民間伝承が作風の原点でした。楳図先生は極端なお母さんっ子でしたが、奈良県野迫川(のせがわ)村にある母親の実家へ向かう山道で「お前は赤ん坊の時、この池で浮かんでいたんだよ」と言い聞かされていたそうです。それ、幼い我が子に言います(汗)? そして1997年、母・市恵は「いいこと、ひとつもなかった」と言い遺し91歳でこの世を去りました。『マザー』は、そんな母親への鎮魂を込めて楳図先生自ら原案・脚本・監督を務めました。
配給の松竹が楳図先生役にオファーしたのは、誰もが「え?」と驚く片岡愛之助。全然似てないので本人も1度は断りましたが、楳図先生から直々「やってください」と声を掛けられ受けたようです。ヒロインは元宝塚歌劇団雪組トップ娘役(男役に対する女役の最高位)の舞羽美海(まいはねみみ)。そして母・イチエ(劇中ではカタカナ表記)役には、筆者が「絶世の美女」と想い抱く真行寺君枝。話の内容を一言で表すと「楳図先生の母親が化けて出る」という心霊系ホラーなのですが、全く想像もできなかった展開には衝撃を受けました。
ある日、楳図の熱烈なファンだという若手編集者・若草さくら(舞羽)から自叙伝の企画が持ち込まれます。若草のインタビューに生い立ちを語っていく楳図は、「母は絶えず不幸に見えました」と寂しそうに語るのでした。臨終シーンの回想で病床に伏しているイチエは当時90代ですが、パーマの掛かった銀髪ロングの真行寺君枝は美しすぎて、これは白髪の老婆にしたくなかった楳図先生のこだわりによる演出でした。
創作の原点が母親と睨んだ若草は、楳図の故郷を取材します。村に立った若草は、手首に包帯を巻いた右手で宙を指差します。美少女ホラー『おろち』で楳図ファンには説明不要の「おろちポーズ」です。だが若草はイチエの親戚から、楳図も知らない驚愕の事実を聞かされます。森の滝で全裸になって水浴びするのが習慣だった若き日のイチエは、それを見てムラムラした猟師(無理もない)にレイプされていたのです。やがて奇特な村人と結婚して子(楳図先生)を産むイチエですが、村で夜這いの日々を送る男狂いになっていました。う~ん...いくらフィクションでも、よく自分の母親をそんな風に描けますね。天才には凡人の常識や倫理観は通用しないのです。
そして若草が取材を始めた頃から、イチエの幽霊騒動が起きます。まず空き家になっている彼女の生家を訪れた若草は、イチエの幽霊に森の中で追い回され、錯乱状態で病院に担ぎ込まれます。さらにイチエは話をしてくれた親子を含む奈良・和歌山の親戚筋を次々に殺して回ります。一族は寺に集まって祈祷師にイチエ祓いを頼みますが、そこにも幽霊は地鳴りと共に現れ、「よくも私を冷たくあしらったな」と大暴れ! どうやらイチエの暗い過去を、親戚らは白い目で見て冷遇していたことへの復讐らしいです。
さらにイチエは楳図が若草を見舞う病院にも瞬間移動してきて、「ぐわ~!」と吠えながら医療スタッフらを襲撃します。その中にいるナースは、楳図ファンで有名なショコタン(中川翔子)だったりします。もはや幽霊というかモンスター化したイチエを見た楳図は「母と戦うしかないんだ!」(そう来ましたか!)。楳図は若草を連れて自宅に戻り、イチエが苦手な蜘蛛のフィギュアをビニール袋にせっせと詰め、若い娘への嫉妬なのか見ると苦しんでいた楳図が描いた美少女のイラストを大量にコピーします。2人はそのイチエの弱点2点セットを車に乗せ、「きっと来る」と予測する両親の母校・野迫川小学校へ向かいます。
その頃イチエは、死んだ時の寝巻き姿のまま裸足で、「宵闇〜迫れば〜」とフランク永井の『君恋し』を歌いながら町を徘徊し通行人をビビらせていました。するとイチエは超能力で息子の行き先を察知し、まるで都市伝説のダッシュばばあのように物凄いスピードで駆け出します。
深夜の無人の教室内、黒板の前で楳図の「愛してるよ」に若草が「愛してる」と応えます。え? いきなりキュン展開? 楳図はナタ、若草はノコギリを手に臨戦態勢です。そこへイチエが「ぐわ~!」と廊下を猛ダッシュして教室に飛び込んで来ます。するとイチエは壁一面に張り巡らされた美少女イラストに頭を抱えて「ギャーッ」と定番の楳図ポーズ。すかさず楳図はイチエに蜘蛛のフィギュアをせっせと投げつけます。苦悶するイチエを追って2人が教室を出ると、廊下には体が長くなったイチエが吠えながら腹這いで蛇行してきます。ここでヘビママか! 「お前が欲しい〜」と息子を夫と勘違いしているイチエの額に、楳図はナタを振り下ろします。乱戦の末、仰向けに倒れた息子の上に乗っかり顔を舐め回し頬ずりするイチエに楳図も「母さん、どうぞ僕を好きにしてください」と戦意喪失! 若草が近親相姦を必死に食い止めようと(笑)割って入ると、校舎が崩壊してイチエは階下の暗闇に落下していくのでした。
メチャクチャなクライマックスでしたね。後に楳図先生のインタビューを読むまで全く気づきませんでしたが、常に着ている定番の紅白ボーダーシャツって、実はシーンによって幅が違っていたのですね。弱気になっている場面では狭く、戦いを決意した時は広くなっていたのです。定番アイテムで感情を表現するなんて、そんなこと誰も思いつきませんよ。さすが、楳図かずお先生でした。グワシ!
【著者紹介】
シーサーペン太(しーさー・ぺんた)
酒の席で話題に上げても、誰も観ていないので全く盛り上がらないSF&ホラー映画ばかりを死ぬまで見続ける、廃版VHSビデオ・DVDコレクター。「一寸の駄作にも五分の魂」が口癖。