もやもやレビュー

【無観客! 誰も観ない映画祭】第30回『八仙飯店之人肉饅頭』

八仙飯店之人肉饅頭
『八仙飯店之人肉饅頭』
アンソニー・ウォン,ダニー・リー,エミリー・クワン,シン・フイオン,ハーマン・ヤウ,ダニー・リー
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> HMV&BOOKS

1993年・香港・96分
監督/ハーマン・ヤオ
脚本/ラオ・カムファイ
出演/アンソニー・ウォン、ダニー・リー、シン・フイウォンほか
原題『八仙飯店之人肉叉焼包』

***

 昨年12月から、余命宣告した映画プロデューサー叶井俊太郎さんの業績を讃え、彼が関わった作品を「死姦」「ゲイ」「ハゲ」といった触れにくいテーマで3カ月に渡って紹介してきました。そして2月17日、叶井さんは大勢の人々に惜しまれて天に召されました。追悼特集はインモラル極まる「食人」となりましたが、この『八仙飯店之人肉饅頭』こそ、叶井さんが当時勤めていたアルバトロス・フィルムの社風を180度変えた記念碑的作品でもあったのです。その経緯は後述するとして、まずは作品の内容をお伝えしましょう。ちなみにこの作品、1985年にマカオの平和な港町を震撼させた「八仙飯店一家殺人事件」を下敷きに映画化した実話です。

 香港の雀荘で、2人の男が「負けた金を払え!」「イカサマに払えるか!」と揉めています。すると片方の男が逆上して相手を殴り、伝票をまとめておく器具の針を右目にブッ刺し、ガソリンかけて焼き殺してしまいます。それから8年後、マカオの海岸に袋詰めされた複数の人間の手足が漂着し、町中が大騒ぎになります。地元には八仙飯店という大衆食堂があり、店主のウォン(アンソニー・ウォン)と女性店員の2人で店を切り盛りしていました。閉店後に顔馴染みを集めて賭け麻雀をするのが習慣でしたが、ある晩ウォンはイカサマを見破った新雇用の料理人を、お玉でポッコンポッコン殴って撲殺。遺体は中華包丁でザクザク解体され、骨はゴミ袋に入れてポイッ。肉はミンチ製造機に入れられ、穴という穴からムリムリ~と変わり果てた姿になって出てきます。ウォンはこれを具材に絡めて皮に巻き、一口サイズの肉饅―正式名称「叉焼包」(チャーシューバオ)にして客へ出すのでした(ウエ~ッ)。このウォンこそ冒頭の殺人犯で、坊主頭にしてメガネを掛け名前を変え、マカオに逃亡して別人になりすましていたのです。

 やがてマカオ警察は海岸で発見された人体の1人を、八仙飯店の前店主・チェンと割り出します。さっそく刑事部長(本作のプロデューサーでもあり、「香港一の警官役者」の異名を持つダニー・リー)と女性刑事が店で事情聴取を行いますが、ウォンは「越したチェンから店を引き継いだ」と説明し、肉饅を手土産に持たせます。署に戻った部長は若い部下たちに肉饅を与え、彼らは「美味しい美味しい」と頬張って完食します......。

 その晩、不穏な空気を察し店を辞めていく女性従業員に、ウォンは激しい暴力を加えてから客のテーブル上でレイプ、束で掴んだ割り箸をアソコに思いっきり突き刺して惨殺します。やがてウォンは署に連行され、刑事たちから殴る蹴る、便器に顔を突っ込む、ションベン掛けると壮絶なリンチを連日食らいます。それでも自供しないウォンは、前店主の弟が殺人で服役している監獄にブチ込まれ受刑者らから凄惨なリンチを受け、それを看守たちも見て見ぬふりです。興奮剤で眠らせない取り調べを受けたウォンは、ようやく自白するのですが、世界の映画史上最悪最凶の再現シーンが繰り広げられます。

 香港から逃げてきたウォンはチェンの店で働き出し、閉店後の麻雀でイカサマをします。それをチェンに指摘され負け金を払わないことに激昂したウォンは、居合わせたチェン一家全員を縛り上げます。そして幼い長男に始まり、奥さん、チェン、4人の女児たちと、使い慣れた中華包丁でサクサクと首チョンパしていくのです。一番下の女の子なんて、首がピョーンと宙を飛んでいきます。床にはリアルな人体パーツが転がり、各頭部の目が見開いたままなんてのも地獄絵図です。さらに細かく刻まれた遺体は肉饅として店頭で売られ、残りは海に捨てられ海岸に打ち上げられたのでした。さあ、犯人をゲロ(自白)させた刑事たち、それを聞いて全員その場で本当のゲロを吐きまくります(凄惨な事件とは裏腹に、常に刑事たちはコミカルに描かれます)。彼らを見て冷笑するウォンは清涼飲料水のプルトップで手首を切り、物語は幕を閉じるのでした。

 実際の事件では、犯人が遺体を肉饅にしたかどうかは証明されておらず、噂による都市伝説レベルだったようですが、ディテールに多少の違いはあれど、殺害内容や2度の自殺行為などは史実に即して制作されました。稀代の殺人鬼を見事に演じたアンソニー・ウォンは、アカデミー賞に匹敵する第13回香港電影金像奨最優秀主演男優賞を受賞しました。

 さて叶井さんですが、入社3年目の1994年にアルバトロスがビデオ部門を起ち上げた時、『マルコポーロ』(文藝春秋社)誌で映画評論家の江戸木純が紹介していた本作を上司に推薦しました。だがフランス・アート系をメインでやっていたため、上司は「んなモン、できるか!」と却下。そこで叶井さんは「映画とビデオは別です。ビデオはこういう路線で稼がないと」と食い下がり、上司を説得したのです。ちなみに江戸木氏は、横浜中華街のビデオ屋で『人肉饅頭』の海賊版ビデオを見つけて作品を知ったという出来すぎた話でした(笑)。アルバトロスは版権を買い取り、「警告!絶対に子供と女性の方は見ないで下さい」というキャッチフレーズでビデオ化したのです。

 子供の断頭シーンのカットに関して映倫と叶井さんが揉めたため、一般公開は許可されませんでしたが、1994年の東京ファンタスティック映画祭のレイトショーで限定公開に漕ぎ着けました。そしてビデオが大ヒットして会社に認められた叶井さんは、以降「グルメホラー・シリーズ」と題して『人肉天麩羅』『香港人肉厨房』『香港人肉竹輪』と人肉映画を連発したのです。文部省推薦作も扱っていたフランス・アート系から血まみれエログロ鬼畜路線へのウルトラ大転換。つまりアルバトロスが日本一のインモラル企業となったキッカケは、入社3年目の若手が持ってきた『八仙飯店之人肉饅頭』だったのです。良くも悪くも。

――ありがとう、叶井俊太郎さん。安らかに。

【著者紹介】
シーサーペン太(しーさー・ぺんた)
酒の席で話題に上げても、誰も観ていないので全く盛り上がらないSF&ホラー映画ばかりを死ぬまで見続ける、廃版VHSビデオ・DVDコレクター。「一寸の駄作にも五分の魂」が口癖。

« 前の記事「もやもやレビュー」記事一覧次の記事 »

BOOKSTAND

BOOK STANDプレミアム