もやもやレビュー

静かに、力強く問題提起する『正欲』

『正欲』 11月10日(金)より全国ロードショー

朝井リョウによる小説『正欲』を、監督・岸善幸、脚本・港岳彦で、稲垣吾郎、新垣結衣、磯村勇斗、佐藤寛太、東野絢香を迎え映画化した本作を紹介したい。

検察官として横浜検察庁に務め、妻と息子と3人でマイホームに暮らす寺井啓喜(てらい・ひろき)役に稲垣吾郎。広島のショッピングモールで契約社員として働く桐生夏月(きりゅう・なつき)役に新垣結衣。両親の事故死をきっかけに広島に戻ってきた夏月の同級生・佐々木佳道(ささき・よしみち)には、磯村勇斗が演じている。

家庭環境、性的指向、容姿――異なる背景を持つ人たちを同じ地平で描写しながら、人が生きていくための推進力になるものは何かというテーマを炙り出していく衝撃的な物語だ。

sub1.jpg

昭和、平成に学生時代を過ごした人の多くは、風邪をひかない限りどんな理由があったとしても学校へ行くように親から言われていた人が多かったように感じる。
多様性という言葉も聞いたことがなかったし、なんとなくみんなと一緒のようにすることが正しいことだという空気の中で過ごしていた。

令和の現代では、性別にとらわれない考え方や、学校に行きたくない子どもを無理に行かせることはない。もっと子どものやりたいことを尊重して得意なことを伸ばしてあげる教育や家庭の姿勢みたいなものが推奨されてきている。

各家庭の考え方は様々だが、少数派は声をひそめていたような時代から、もっとオープンな時代に変わっているのだろう。
そんな時代でも、昔自分がされてきた窮屈ともいえる教育から抜け出せない堅物で頑固、それでも家庭のことを考えていると思っている父親を稲垣吾郎が熱演している。

sub2.jpg

その話と並行して、適齢期に結婚していないことで、なんとなく周りからチクチク言われる女性を新垣結衣が演じている。
どちらも昔ながらの思考が現代の若者たちの心を蝕んでいるようにみえた。
それでも、その昔ながらの思考も30代の私には理解できるような部分もあった。

sub3.jpg

子育てをしていく中で自分の頃とは違う常識に柔軟に対応して子どもに寄り添うことが必要だと常々感じている。
私たちの時とは人間関係のあり方が変わってきている。
小学生でも携帯電話をもって連絡を取り合ったり、インターネットが情報を得られる身近なツールとしてある。便利になるのはいいことだけど、たくさんの怖さもある。
知らない人とインターネットを介して知り合うこと。本当に素晴らしい出会いになることもある。でも、その人の本質はわからないから事件に巻き込まれてしまうこともある。そんな怖さも巧みに描き出された作品だった。

現代社会で起こるストレスフルな複数の出来事を1つの作品に落とし込んだ作品だった。
これって、どれも他人事ではない。
いつか自分や家族が直面するかもしれない、そんな身近な題材でもあった。

(文/杉本結)

***
main_2.jpg

『正欲』
11月10日(金)より全国ロードショー

監督・編集:岸善幸
原作:朝井リョウ『正欲』(新潮文庫刊)
出演:稲垣吾郎、新垣結衣、磯村勇斗、佐藤寛太、東野絢香
配給:ビターズ・エンド

2023/日本映画/134分
公式サイト:https://bitters.co.jp/seiyoku
予告編:https://www.youtube.com/watch?v=qEPtPDCFcJs
©2021 朝井リョウ/新潮社  ©2023「正欲」製作委員会

« 前の記事「もやもやレビュー」記事一覧次の記事 »

BOOKSTAND

BOOK STANDプレミアム