もやもやレビュー

多角的な視点からタブーに切り込んだ、圧巻の3時間25分『私のはなし 部落のはなし』

『私のはなし 部落のはなし』 全国順次公開中

6月末、渋谷「ユーロスペース」での上映は終了。この作品を観られる劇場は都内では「キネカ大森」だけとなった。上映時間は3時間25分(途中休憩あり)。長いし大森まで行くのか......。一瞬躊躇したが、なにか引っ掛かり、足を運んだ。

現在公開中のドキュメンタリー『私のはなし 部落のはなし』を観た。プロデューサーは、2020年に話題をさらった『なぜ君は総理大臣になれないのか』の大島新。監督は1986年生まれの満若勇咲。センシティブなテーマであるが故、「この映画面白そうだから一緒に観に行こうよ」と気軽に誘えるような作品ではないかもしれない。だが、ノンフィクションライターの石戸諭、漫画家の小林エリカ、映画監督の白石和彌、ラッパーのダースレイダー、ライターの武田砂鉄、芸人のプチ鹿島など数々の著名人もコメントを寄せている。

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「部落差別」と聞くと、中高時代の道徳の授業を思い出す人も多いだろう。今作では、京都・大阪・三重それぞれの被差別部落で暮らしている老若男女約20人の体験談をていねいに拾いつつも、静岡大学で日本近現代史・思想史を教える黒川みどり教授による部落差別の成り立ちや構造についての図解が入る。小説『破戒』の一説や、哲学者ジャック・デリダと作家の中上健二の対談なども字幕・朗読で時折効果的に組み込まれる。そこに、差別する側の声も重なる。さらに驚くのは、70年代に社会問題となった『部落地名総監』をネット上に掲載し、復刻版を再発刊しようとして訴訟を起こされた宮部龍彦氏が顔出しで登場していることだ。宮部氏は総監だけでなく、全国各地の被差別部落とされる地区を訪れて個人宅や施設、墓跡などを撮影し、その動画や画像をブログの中で取り上げる「部落探訪」もネットに公開している。原告が彼への訴えを苦々しく語った後に、である。映画の途中休憩に入る直前、高速道路の運転席から「今日は京都府○○の部落探訪に向かってますー」と楽しげに話す男の後ろ姿が現れる。この男こそが宮部氏なのだ。彼には彼なりの主張があり、それも語られる(私個人としてはその主張には頷けない)。そして、綺麗ごとだけではなく、巨額の金が絡んだ同和利権についても触れている。

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プチ鹿島は、「この映画は『部落差別はこんなに悲惨だ』とか『差別はやめよう』と訴える作品ではない」とコメントする。そう、道徳の授業で観てきた映像とは異なり、さまざまな視点を通して部落差別の実態が描かれている。だからこそ、いかに複雑で根深い問題なのかを痛いほど感じるはずだ。「寝た子を起こすな(わざわざ部落差別を伝えなくても、放置していれば自然と解決する)」と言われることもあるが、作中でも引用されている明治時代の新聞記事と現代のネット上での被差別部落に対するデタラメな言説が、その中身としてはなにも変わっていないことを知れば、時間の経過だけで解決する問題でないことは明らかだ。

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確かに部落差別は日常では話題にしづらく、見えづらい問題だ。若い世代の中には知らない人もいるかもしれない。しかし、現在も決してなくなったわけではない。たまに居酒屋の席で声をひそめて交わされる、「あの辺りは治安が悪いから」「ああいった業者はガラが悪いから」といった話には、部落差別のニュアンスを含んでいる場合もあると思う。この映画から、部落差別は身近に存在しているのだと感じてほしい。

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満若監督は2007年にも食肉センターを舞台に部落差別を扱ったドキュメンタリー『にくのひと』を制作したが、「実際の地名や人名を晒すのは『部落地名総監』と同じではないか」などと部落解放同盟から抗議を受けたことで、出演者との関係が崩れたため公開を中止した。今作でも途中、字幕で当時の心境が語られている。「もう部落問題と関わりたくなかった」と。そんな思いを抱えながらも15年後、乗り越えた監督のその勇気に、私は心から賛辞を送りたい。

(文/9番)

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『私のはなし 部落のはなし』
全国順次公開中

監督:満若勇咲
プロデューサー:大島新
撮影:辻

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