昭和30年代の不動産チラシ140枚から辿る、首都圏近郊の土地開発バブルの足跡

昭和の東京郊外 住宅開発秘史 (光文社新書)
『昭和の東京郊外 住宅開発秘史 (光文社新書)』
三浦 展
光文社
1,056円(税込)
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 マンション広告にちりばめられる詩的なキャッチコピーを揶揄する「マンションポエム」という言葉が数年前に話題となりましたが、それは何も現代に限ったことではないようです。

 書籍『昭和の東京郊外 住宅開発秘史』で目にできるのは、昭和30年代(1995年~1964年)の首都圏郊外の不動産チラシの数々。その謳い文句は「電気洗濯機、そして...テレビ 今度は土地の番です!」「附近には有名諸学校多く 子女教養保健に最適地」「御屋敷街真只中の発展地」など、なかなかすさまじいものがあります。

 その中には、誇大広告や虚偽広告を疑うほど大げさで不確かな文言も。たとえばチラシに載っている住宅地の名前には「松濤台」や「緑風園」などハイカラなものが多いものの、現在これらの名前をネットで検索してもちっともヒットしないそうです。また、肝心の土地の所番地が書かれていないものや、「○○駅○分」という距離が疑わしいものなども見受けられる様子。さらには個人地主のほかに地元の寿司屋や今も続く老舗のアンパン屋が土地を販売していたり、某有名俳優の名前を使ってその友人が大々的に売り出していたりと、当時の郊外住宅地の販売はかなり無秩序だったことがうかがえます。

 これら60年も前の不動産チラシを紹介しているのは、同書の著者で社会デザイン研究者の三浦 展さん。これまで東京近郊の大規模な有名住宅地は研究したものの、個別の小さな住宅地については資料がないため、まったく研究してこなかったそうです。それだけに今回、三浦さんが古書店で発見し購入した140枚ほどの不動産チラシはとっても貴重。同書はこれをもとに、三浦さんが当時開発された分譲地を探訪し、その「夢の跡」を辿った非常に興味深い一冊となっています。

 同書に登場する住宅地は、具体的な地名で言うと、横浜旭区、瀬谷区、保土ケ谷区、日吉、大和、川崎北部、大宮・浦和、千葉・船橋など。いま馴染みのある場所が過去にどのように住宅地として開発され、どのような歴史を辿ってきたのか、気になる人も多いことでしょう。たとえば工場地帯であった川崎の一角に、かつて「川崎住宅地」という高級住宅地があったことをどれほどの人が知っているでしょうか。そこでは区画が京都風の碁盤の目状に整備され、上下水道・電気・ガスが通じ、テニスコートやプールもあったということで、当時は有名な歌舞伎役者や画家、大企業のホワイトカラーなど裕福な階級の人々が東京から移り住んだのだといいます。こうした広くは知られざる住宅開発例を知ることができるのも同書の魅力です。

 最初の不動産チラシの画像と、巻末付録の昭和30年代住宅分譲チラシ一覧だけでもそうとう興味深くて一見の価値があります。昭和の歴史をたどる稀有な郊外研究を皆さんもぜひご覧になってみてください。

[文・鷺ノ宮やよい]

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