時代が変われば常識も変わる! 歴史を作ったトンデモ書籍の世界史

奇書の世界史 歴史を動かす“ヤバい書物”の物語
『奇書の世界史 歴史を動かす“ヤバい書物”の物語』
三崎 律日
KADOKAWA
1,760円(税込)
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> HonyaClub.com
>> HMV&BOOKS

 世界にはさまざまな書籍が溢れているが、どのような本がどのような評価を受けるのかは時代や文化圏によって異なる。かつての「良書」が「悪書」として扱われることもあれば、その逆もあり得るということだ。今回紹介する『奇書の世界史 歴史を動かす"ヤバい書物"の物語』(KADOKAWA)では、時代の移り変わりにより評価が一転してしまった書籍を解説している。本書を読めば、読み手の価値観が書籍の社会的位置付けにいかに影響するかがわかるだろう。

 たとえば「魔女狩り」では、ハインリヒ・クラーメル著『魔女に与える鉄槌』が大変重宝された。この書籍には、魔女の見つけ方や効果的な拷問法、正当な処刑法などが3部構成で記されている。異端審問官だったクラーメルが、自身の経験や知識をもとに書き上げた「魔女狩りのためのハウツー本」だ。

 『魔女に与える鉄槌』を著す前のクラーメルは日頃から徹底的な尋問を行い、自白のためなら非情な手段も辞さなかった。しかし彼のやり方は次第に教会側からも批判され、最終的に彼は教区を追放されてしまう。クラーメルにとって、教会による仕打ちは屈辱的なものだ。そこで彼は自身の憤りや怒りの表出として、『魔女に与える鉄槌』の執筆に踏み切ったのである。

 一度は教区を追放された彼の著書が、なぜ当時の魔女狩りに欠かせない書物になり得たのか? 本書の著者である三崎律日氏いわく、権威からのお墨付き、活版印刷技術の出現、時代との合致という3つの理由が影響しているという。

「『魔女に与える鉄槌』の冒頭には、『限りなき願いをもって求める』と題された教会教書が収録されています。この教書を著したのは当時の法王インノケンティウス8世です。魔女の実在とその脅威を訴える文言とともに、クラーメルに対して魔女狩りの権限を与えるということが記されています」(同書より)

 実は冒頭部分の教書は、『魔女に与える鉄槌』そのものに対して発行されたものではなかった。しかし当時の人びとにとって、ローマ教皇の発言は絶対的なもの。クラーメルは過去に教皇から受け取った教書を都合よく悪用し、自身の著書へ勝手に「お墨付き」を加えてしまったのだ。

 さらに当時、『魔女に与える鉄槌』の内容が受け入れられやすい時代でもあったという。

「『魔女に与える鉄槌』が出版された時代には、ペストの流行や、小氷期と呼ばれる気候変動がヨーロッパ全土を襲いました。

その様はまさに『終末』と呼ぶにふさわしく、先行きの見えない不安が蔓延していました。そんななか、『この世の悪は魔女によってもたらされている』『魔女の増加は終末をもたらす』と語る記述が、当時に生きる人々の不安と合致してしまったのです」(同書より)

 不安の捌け口として魔術やオカルトが扱われていた時代。人びとにとって『魔女に与える鉄槌』は、教皇も認める「最適解」を示した画期的な本だったのかもしれない。活版印刷技術の普及によって書籍の大量生産も可能になっていたため、クラーメルの本は一気に広まった。今でこそ魔女狩りは悪だと批判できるが、当時の人びとにとっては十分に正当性のある行為だったのである。

 魔女狩りの手引き書がバイブル化される時代があった一方で、現代での常識を説いた本が異端なものとして扱われた時代もあった。代表例として挙げられるのは、ニコラウス・コペルニクス著『天体の回転について』だ。

 『天体の回転について』が発表された時代は、宇宙の中心は地球だと考える「天動説」が主流だった。当時は聖書の記述が普遍的な真実として信じられており、天動説もまた聖書に裏付けられた有力な学説だと認識されていたのである。一方コペルニクスの本は、太陽を宇宙の中心とした「地動説」を提唱する学術書。天動説に異を唱える内容のため、『天体の回転について』が「良書」として扱われることは難しかったのだ。

 またコペルニクスが提唱した地動説には、設定した仮説や検証データに不十分な点があったのも事実である。地動説の信憑性を高め『天体の回転について』が革新的な学術書として扱われるまでには、後世の研究者による学説での補完が必要だった。実際コペルニクスの没後は、ヨハネス・ケプラーやガリレオ・ガリレイらが研究に尽力。長い年月を経て、コペルニクスの地動説は徐々に有力な学説として評価されるようになったという。

 書物が社会とともに歩んだストーリーは、歴史の変遷でもある。過去の常識とは異なる価値観が生まれている今だからこそ、同書は多くの人にぜひ読んでもらいたい一冊だ。

« 前のページ | 次のページ »

BOOK STANDプレミアム