ジャニーズや宝塚歌劇団......日本ではなぜ「未完成なスター」が愛されてきたのか 社会学者がその背景を解き明かす
- 『「未熟さ」の系譜 (新潮選書)』
- 周東 美材
- 新潮社
- 1,705円(税込)
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日本のポピュラー音楽文化には、世界的に見ても非常にめずらしい特徴があるそうです。それは「未熟さ」だと言うのは、今回ご紹介する書籍『「未熟さ」の系譜』の著者である社会学者の周東美材さんです。
近代日本のポピュラー音楽史を考えてみると、宝塚歌劇団、ジャニーズ、女性アイドルなど、「歌い手の成長過程自体がひとつのパフォーマンスとして示され、成長の途中であるがゆえに表現される可愛らしさやアマチュア性が、応援されたり、愛好されたりする」(同書より)性質があることが皆さんもわかるかと思います。
こうした日本独特の音楽文化の成立背景やルーツはどこにあるのでしょうか。同書では、明治以降の日本で「未熟さ」を愛でる文化がどのように育まれてきたかが丹念に解き明かされています。
まず、日本のポピュラー音楽の始まりとも言えるのが、1910年代末から1920年代にかけて大流行した「童謡」です。消費生活の中心に子どもの存在がある新中間層のサラリーマン家庭の間で「お伽歌劇(童謡劇)」のレコードは花形商品となり、各社からこぞって童謡歌手が登場しました。舌足らずな地声を張り上げる「黄色い声」は、子どもらしさを強調する日本音楽的な声として、当時の人々に受け入れられたそうです。
「子どもの歌はポピュラー音楽の傍流どころか、戦前・戦後のレコード産業が駆動する推進力であり続けた」(同書より)
時を同じくして、1914年に関西に設立されたのが宝塚歌劇団です。今でこそ「きらびやかなレビュー」「男装の麗人」といったイメージのある宝塚ですが、もともとは箕面有馬電気軌道(現・阪急電鉄)が開発事業を展開する中で、宝塚新温泉を訪れた温泉客のための余興として作られた少女歌劇が始まりでした。当時はファミリー向けの誘客策を徹底するために、あえて「未熟さ」をウリにしたお伽歌劇が積極的に上演されたといいます。
その後、メディアの中心はテレビへ。芸能プロダクションの渡辺プロダクション(ナベプロ)の社長夫妻がデビューさせた双子歌手「ザ・ピーナッツ」は、「可愛い」「無邪気」「清純」「根っからのウブ」などの言葉で紹介され、お茶の間で人気を博しました。
さらに、芸能界の新勢力として登場したのが、アマチュア性をウリにした少年グループ「ジャニーズ」です。マネージメントを務めた喜多川姉弟は、子どもも保護者も気楽に親しめる人気者として「『ファミリー意識』という戦略を立て、家族向けの方針を明確にした」(同書より)のだそうです。
他にも、視聴者参加型歌手オーディション番組『スター誕生!』(日本テレビ系)から出たアイドルたちなど、さまざまな「お茶の間の人気者」が時代とともに生まれました。同書を読むと、日本のポピュラー音楽は近代家族の理想像と強く結びついてきたことがわかります。
「未熟さ」というキーワードのもと、日本のポピュラー音楽史、ひいては近現代史自体もたどることができる同書。「本書で扱ってきたお茶の間向けのポピュラー音楽文化は、流行の浮き沈みを超えて日本社会に根を下ろしてきたように見える。そこには家族の理想像や子どもに関する価値意識という〈変わりにくいもの〉の存在があった」(同書より)と著者は指摘します。近代日本に根付いてきた家族像をポピュラー音楽から読み解くという試みを、皆さんも同書で体験してみてはいかがでしょうか。
[文・鷺ノ宮やよい]