子どもには見せられない......!? 大人のための「いきもの図鑑」が誕生!
- 『悪のいきもの図鑑』
- 竹内久美子,もじゃクッキー
- 平凡社
- 1,430円(税込)
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近年、いきもの図鑑が大ブームである。子ども向けに多くのヒット本が生まれ、テレビアニメ化・グッズ化やイベントまで行われ、勢いはとどまるところを知らない。そこで覗えるユニークないきものたちの生態に、興味を持つ大人も続出している。しかし子ども向けのいきもの図鑑では、きっと物足りないと感じていることだろう。
そんな方にぜひ、この『悪のいきもの図鑑』(平凡社)をおすすめしたい。作者の竹内久美子氏は動物行動学研究家として、男女にまつわる興味深い考察を次々と世に送り出し、好評を博している。そんな竹内氏のいきもの解説に、イラストレーター・もじゃクッキー氏がリアルかつ親しみのある挿絵を添えた読み応えのある一冊だ。子ども向けのいきもの図鑑では触れにくいであろう、動物たちのちょっと過激な性の話や生々しい生存競争の世界にどっぷりと浸かってみてはいかがだろうか。
そもそも「悪のいきもの」とはどういうことなのだろう。動物にも人間のように複雑な感情や意志があり、悪意を持って他者に接することがあるというのか? 著者はこの言葉の意図について、以下のように語っている。
「『悪』の背後には必ず『知恵』が存在します。『知性』と言っても言い過ぎではないでしょう。いきものの二大テーマは『生存』と『繁殖』。つまり、自分が生きのびることと、自分の遺伝子を残すことです。この『生存』と『繁殖』のため、それぞれの動物は驚くほどの知恵を発揮し、したたかな戦略を持っています」(同書より)
そうした動物たちの生き方から、我々人間自身が生きるためのヒントを得るのが同書の目指すところだ。実際に読み進めてみるとわかるだろう。人類とはかけ離れた生態を持つはずのいきものたちにも、妙に人間の生きざまを彷彿とさせるようなエピソードが満載である。
たとえば巣作りの際に自分の部屋ばかり優先し、共有部分の作成をサボる個体は追い出されてしまう「シャカイハタオリ」という鳥がいる。ずるいことをすれば罰則が与えられるという、その名の通り人間の「社会」をそっくり映し出したような有様だ。
また「チスイコウモリ」のメスは命を削って、困っている他のメスに血を分けることがある。これは自分が逆の立場になった際、優先的に恩返しを受けるためのもので、助けてもらってばかりで他人を助けない裏切り者は仲間外れにされてしまうそうだ。
大人が一番気になるであろう、性にまつわる話も豊富だ。たとえば「ガガンボモドキ」という昆虫のオスとメスによる駆け引きを次のように紹介している。
「興味深いのは、メスはプレゼントが小さくても交尾することだ。その際、交尾時間はせいぜい5分である。この件についてはアメリカの、ランディ・ソーンヒルという大物研究者が真相を解明した。5分以内の交尾ではメスの体にオスの精子が移ってこないのである。小さいエサしか捕まえられないオスの子なんて産んでやらない。けれど、エサは食べたい。そのぎりぎりの妥協点が5分間の交尾なのである」(同書より)
いきものが「悪」である理由をしっかり科学的な知見を踏まえて解説しているのも同書の魅力である。他にも托卵を通した鳥たちのドラマさながらの愛憎劇、子殺しやハーレムの乗っ取りといった極悪エピソードまで、動物たちの本能が織りなす厳しい生存競争を面白おかしく、しかしどこか冷めた視点で語っている。
終盤になると、別の生物を操る・切った首を飾るなど、ぞっとするようないきものたちの悪行が紹介される。極めつきは、人間に寄生するあるウイルスの話だ。約半数もの人間が感染しているが、わかりやすく健康を損ねるわけではない。こっそりと体内に入り込み、いつの間にか我々の身に恐ろしい影響を及ぼしているのだという...... 。
いきものたちが「悪」にならざるを得ないのは、「生存」と「繁殖」を懸けた必然の行為。同書を読めば、いきものたちの姿から人間の在り方を学べるかもしれない。