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【無観客! 誰も観ない映画祭 第47回】『マッド・ハイジ』

マッド・ハイジ(R18版)
『マッド・ハイジ(R18版)』
ヨハネス・ハートマン,アリス・ルーシー,マックス・ルドリンガー,キャスパー・ヴァン・ディーン,デヴィッド・スコフィールド,アルマル・G・佐藤
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『マッド・ハイジ』
2022年 スイス 92分
監督/ヨハネス・ハートマン、サンドロ・クロプフシュタイン
脚本/サンドロ・クロプフシュタイン、ヨハネス・ハートマン、グレゴリー・ヴィトマー、トレント・ハーガ
出演/アリス・ルーシー、デヴィッド・スコフィールド、キャスパー・ヴァン・ディーン、アルマル・G・佐藤ほか
原題『MAD HEIDI』

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 ふと目にした報道番組で、大阪・関西万博のスイス・パビリオンのアンバサダーが、アニメ『アルプスの少女ハイジ』(74年)のハイジを再現した着ぐるみだったのに驚きました。原作はスイス人作家ヨハンナ・シュピリによる児童文学ですが、日本のアニメ作品は本国スイスどころか他国でも人気を博し、そのキャラクターのビジュアルは世界のスタンダードとなっていたのです。さすが宮崎駿と高畑勲が関わっていただけあるな~と改めて感服しました。

 まずは本題へ入る前に、『アルプスの少女ハイジ』の粗筋をおさらいしておきます。両親を失ったハイジを引き取っていた叔母が、アルプス山麓で一人暮らしするハイジの祖父(通称おんじ)に無理やり押し付けてドイツへ働きに出てしまいます。村人から変人扱いされる気難しいおんじでしたが、山に一瞬で溶け込む5歳児にメロメロ。ハイジはおんじのヤギを放牧するペーター(11歳)とも初対面で打ち解けます。可愛い孫との新生活に生き甲斐を感じるおんじでしたが、戻って来た叔母がハイジを騙してドイツのフランクフルトへ誘拐同然に連れ去ります。病弱で車椅子生活を送る富豪の一人娘クララ(9歳)の話し相手として、ハイジは金に目が眩んだ叔母に売られたのです。しかもハイジはクララの教育係ロッテンマイヤー女史から厳しく躾を叩き込まれ、山への強烈なホームシックから心を病んでしまいます。それを察したクララの主治医はハイジを山に帰し、クララも同所で森林セラピーを行う一石二鳥の大岡裁き。大自然の中でハイジと寝食を共にして歩行訓練を重ねるクララは、ついに感動の「クララが立った!」シーンを迎えるのでした。

 さて、筆者の知る限りハイジの実写映画は3本あります。『ハイジ』(05年・英)は未見ですが、スイス・ドイツ合作『ハイジ アルプスの物語』(15年)はアニメ版を踏んだ内容で、ハイジとクララ役は天使みたいな美少女でした。で、問題なのがタイトルからして不穏な『マッド・ハイジ』。大人に成長したハイジが大暴れするR指定バイオレンスアクションで、キャッチコピーは「教えておじいさん、復讐の仕方を!」。「教えて~♪」って、え、何それ? 内容は予想をはるかに上回る衝撃作でした。


 21世紀初頭のスイスは、食べるとバカになるチーズを食わせて国民を洗脳するマイリ大統領(『スターシップ・トゥルーパーズ』シリーズ主演のキャスパー・ヴァン・ディーン)が独裁統治していました。若き日のおんじは村人を集めて反対デモを行いましたが、妹夫婦はマイリのナチスみたいな親衛隊によって射殺。おんじは右目を失いました。それから20年後、妹夫婦の遺児ハイジを引き取ったおんじ(叔父に設定変更)の家。窓から山々が見渡せる屋根裏部屋の干し草を敷き詰めたおんじ手作りのベッドで、大人になってもハイジは寝ているのかな、などと思いを巡らせていると、最初に目に飛び込んできたのはでした。なんと素っ裸の美女が干し草ベッドにうつ伏せで「ハァハァ」喘いでいるのです。「まさか、この子がハイジ......」と驚いている暇も許さずカメラが真横を映すと、全裸の黒人男性がハイジに添い寝しているではないですか。どうやら情事が済んだ直後のようで、ヤダ~、ハイジもそんな年頃ですかあ。ハイジが仕事へ行こうとする男にもう1発おねだりすると、「ヤギにも愛を注がなくちゃ。俺はヤギ飼いのペーターだぞ」。うああ! こいつ、ペーターか? 人種が変わっちゃってますよ! ペーターが出て行くと、片目アイパッチのおんじが「ペーターはセックスしか頭にない」と交際に反対し、ハイジから「私もう子供じゃない」とウザがられるのでした。

 だが御法度の自家製チーズを村で密売するペーターは親衛隊に公開処刑され、彼と一緒にいたためトバッチリを受けるハイジを助けようとしたおんじは家ごと焼かれてしまいます。ハイジは監獄に強制収容され、そこでクララ(あれ? 車椅子じゃない)と出会います。所長はロッテンマイヤーに該当するロットワイラー(頭ROTTが同じ綴り)という意地悪オバサンで、ハイジとクララは全裸にされ放水で身体中を洗われます(観客サービス)。反抗的なハイジは同室の2人の筋肉ムキムキ先輩や看守による壮絶なイジメの日々を送りますが、ロットワイラーを殺して脱走を図ります。クララも連れて行こうと思ったら床に這いつくばってバカチーズを貪っていて、ハイジが「クララ、立つのよ」(ここで言うのか)と声を掛けますが洗脳が進んでいたので置き去りにします。

 追手から逃げ切り森の中で古い教会に辿り着いたハイジは、全身が黄緑の蛍光色に輝くオバサン、いや女神「母なる大地の守護者ヘルベティア」に出会い、そのしもべである2人のシスターからコーチを受けカンフーや剣術の修行を始めます(どんな展開!)。ちなみにハイジ役のアリス・ルーシーはテコンドーの黒帯なので、なかなか様になっています。やがて免許皆伝となったハイジはシスターらの鍛冶による秘剣を与えられ、ペーターとおんじの敵討ちへと出陣! 次々と親衛隊員を撃破していくハイジは、建国20周年記念日の格闘技大会に出場します。クララは筋肉女のバックブリーカーで背骨を折られて秒殺。その仇を討ったハイジは水牛みたいな鎧に身を固めた怪人と死闘を繰り広げ、睾丸と首を切断して勝利します。そこへ実は生きていた不死身のおんじが率いるレジスタンスが殴り込み、ハイジはついに両親の仇を討つのでした。お? 背骨を折られたクララが車椅子に乗っています。お後がよろしいようで。


 とまあ、ハイジ世代が観たら「冒涜だ!」と激怒必至ですが、なぜこんなお下劣パロディーが可能だったのでしょうか。まず原作は既に、著作権者の死後70年で保護期間が終了するパブリックドメイン(社会共通の財産)化していました。つまりハイジがセックスしようが人を殺しまくろうが、おとがめなしなのです。また驚くことに本作はスイス初のエクスプロイテーション映画(ロジャー・コーマン作品に代表されるエログロや暴力描写に溢れた低予算映画)で、それまで品行方正だったスイス映画界によるチャレンジでもあったのです。ただトラブルもあったようで、スイス伝統衣装協会は本作の衣装デザインを担当していた同協会の会員をクビにし、予定していたアニメ版の楽曲使用は権利元から拒否されました。また日本での公開は映倫によりR18+となり、多くの高校生から「観れない!」と非難が殺到したとのことです。

【著者紹介】
シーサーペン太(しーさー・ぺんた)
酒の席で話題に上げても、誰も観ていないので全く盛り上がらないSF&ホラー映画ばかりを死ぬまで見続ける、廃版VHSビデオ・DVDコレクター。「一寸の駄作にも五分の魂」が口癖。

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