心はロンリー、気持ちは『フライングハイ』
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- ロバート・ヘイズ,ジュリー・ハガーティ,ジム・エイブラハムズ,デヴィッド・ザッカー,ジェリー・ザッカー
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明石家さんま主演『心はロンリー気持ちは「...」』の新作が近日放送されることになった。本作は1984年に第一作が放送された単発ドラマで、80年代後半に数作、90年代と00年代に一作ずつ、そして今回と、忘れた頃に放送される人気シリーズだ。
内容的には各作品繋がりはなく、基本的にはさんまと旬の女優によるラブコメ、ということになっている。筆者はたまたまタイミングが合わず、過去一作程度しか鑑賞できていないのだが、数分見てすぐ、「これはZAZをやろうとしているんだな」と思った。
ZAZという名称が果たしてどれほど一般的なのかはいまいちわからないのだが、これは映画監督ジェリー・ザッカー、ジム・エイブラハムズ、デヴィッド・ザッカー3人組の通称、ということになっている。苗字から分かる通りジェリーとデヴィッドは兄弟で、ジムは幼馴染。
このトリオによって立ち上げられたコメディショー『ケンタッキー・フライド・シアター』が人気を呼び、彼らが脚本を担当した映画『ケンタッキー・フライド・ムービー』を経て、彼ら自身が監督も務めた『フライングハイ』以降の作品群が、『心はロンリー気持ちは「...」』のスタイルの原型、というのは、彼らのファンならわかってくれるだろう。
『フライングハイ』は、戦闘機パイロットとして戦争を潜り抜けながら心に傷を負った男が主人公。彼は自分の元を去った恋人を追い、彼女がスチュワーデスを勤める旅客機に乗り込む。と、機内で食中毒が発生。操縦士たちも全員倒れてしまい、乗客を救うために主人公が再び操縦桿を握ることになる、というストーリーだ。
いわゆるパニック映画の定石通りなのだが、しかしそこには一切のサスペンスはない。本作を鑑賞しながらハラハラする人などおそらく一人もいない。本作の主人公といえるのは、主要登場人物たちではなく、彼らの周囲で次から次へとひたすら起こる全く意味のないバカバカしい出来事である。
冒頭、空港にて、舞台となる旅客機に乗り込む人々がやってくる映像に、案内放送担当者同士の口喧嘩の音声が延々と流れていたり、パニックに陥る乗客を宥めようと医者が安心させるための嘘を言うと『ピノキオ』のように鼻が伸びたり、管制塔から操縦士の妻に事情を伝える電話をかけると妻は浮気相手の馬(本物)とベッドに寝ていたり、といったものである。
しかも基本的にこうした要素はほぼ全て、映画としてボケているばかりで誰も突っ込むことがない。物語展開にも影響を与えず、ひたすら場当たり的に連発される。従来のコメディ映画が、どれほどバカバカしくとも一応はそれ自体が物語の一部だったのに対し、本作では全く関係ない。にもかかわらず、それ自体がこの映画のメインディッシュだ。
『心はロンリー気持ちは「...」』もまた、本筋とは無関係に、登場人物たちの周囲でひたすら無意味なギャグが描かれるコメディだった、と記憶する。もっとも、こちらはそれなりにドラマとして作られていたような気もするので、完全にZAZの再現というわけでもないかもしれないが。
なお、ZAZは『フライングハイ』以降、このスタイルの完成度をさらに高めた『トップ・シークレット』をトリオで監督。続く『殺したい女』は残念ながら通常のコメディ映画スタイルになってしまったが、それでも喜劇としてはなかなか楽しいものだった。
テレビシリーズ『フライングコップ』を経て、その映画版となる『裸の銃を持つ男』はトリオで脚本を執筆しながらも、3人揃っての監督業は解散。同作はデヴィッド単独作となり、ジムはやはり同系統の『ホット・ショット』を撮る中、ジェリーは全然別系統の『ゴースト ニューヨークの幻』を監督して世界中で大ヒット。以降、『フライングハイ』DVDのオーディオコメンタリーを聴く限り仲は良さそうだが、仕事は別々で現在に至っているようだ。
『心はロンリー気持ちは「...」』の新作発表も良いが、ZAZファンとしてはトリオでの監督作を新たに、せめてあと一本でも見たいものである。
(文/田中元)
文/田中元(たなか・げん)
ライター、脚本家、古本屋(一部予定)。
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