【「本屋大賞2025」候補作紹介】『人魚が逃げた』――銀座に現れた王子様の正体は一体......!? 現実とフィクションが巧みに交錯する5つの物語
- 『人魚が逃げた』
- 青山 美智子
- PHP研究所
- 1,760円(税込)
- >> Amazon.co.jp
- >> HMV&BOOKS
BOOKSTANDがお届けする「本屋大賞2025」ノミネート全10作の紹介。今回取り上げるのは、青山美智子(あおやま・みちこ)著『人魚が逃げた』です。
******
今回をふくめて本屋大賞に4年連続ノミネートされた注目の作家、青山美智子さん。『人魚が逃げた』では、銀座という現実の世界を舞台にアンデルセン童話の『人魚姫』を交えた5人の男女の物語が連作集として描かれています。
ある日曜日、銀座の街でテレビ番組の生放送に映し出されたのは、自身を「王子」と名乗る謎の青年。インタビューされた"王子"が「僕の人魚が、いなくなってしまって......」「逃げたんだ。この場所に」と答えたことから、SNS上では「#人魚が逃げた」という言葉がトレンド入りすることとなります。そんな人魚騒動の裏では、場所を同じくしてさまざまな人間ドラマが繰り広げられていました。12歳年上の恋人に自分の本当の姿を打ち明けられないでいる会社員、明日渡米する娘に複雑な気持ちを抱いている主婦、絵の蒐集にのめり込み過ぎて妻に離婚された60代の元ビジネスマン、カフェで文芸賞の選考結果を待つ作家、12歳年下の男性と交際しているものの自分に自信が持てないクラブのママ。実はその誰もがちょっとした人生の節目を迎えており、"王子"と交流することで自身を見つめ直す気づきやきっかけを得ることとなります。
青山さんといえば、見事な伏線回収がなされるハートウォーミングな作品が多く、それは同書でも健在です。各ストーリーで主人公となる人物の心の変化が丁寧に描かれ、共感や感動を得られ、全体を通じた大きな謎である「銀座の街に現れた王子とは一体何者なのか?」という問いがしっかりと明かされ、大きなカタルシスとともに読み終えることができます。さらには、最後に「えっ、そんなところに伏線が散りばめられていたの!?」と驚くような仕掛けまでついていて、読者は改めて読み返したくなることでしょう。
『人魚姫』の物語が収録されたアンデルセン童話は美しく、幻想的な世界が展開されるいっぽうで、厳しい現実や困難な人生について描かれている部分も多く見られます。同書は銀座という洗練された街の中で恋愛や家族、仕事などの悩みを抱えた人たちを映し出した、まさに"大人のためのおとぎ話"と言えるかもしれません。
「現実世界にも、複雑多岐に張り巡らされた素敵な物語が、あふれかえっております。人間が思いつく創造も想像も、はるかに超えた素晴らしい出来事ばかりが。しかし、その現実を知らないまま過ぎていくこと、ささいな誤解から大きくすれ違っていくことの、なんと多いことか」(同書より)
上記の一節は、私たちに投げかけられた教訓と受け取ることもできるのではないでしょうか。陽だまりのような温かさが心に残る同書は、青山美智子作品が初めての人にも自信を持っておすすめできる一冊です。
[文・鷺ノ宮やよい]