【「本屋大賞2024」候補作紹介】『リカバリー・カバヒコ』――カバの遊具・カバヒコが心の傷も治す......? 心がじんわり温まる連作短編集

リカバリー・カバヒコ (文芸書・小説)
『リカバリー・カバヒコ (文芸書・小説)』
青山美智子
光文社
1,760円(税込)
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 BOOKSTANDがお届けする「本屋大賞2024」ノミネート全10作の紹介。今回取り上げるのは、青山美智子(あおやま・みちこ)著『リカバリー・カバヒコ』です。
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 『お探し物は図書室まで』『赤と青とエスキース』『月の立つ林で』と2021年から3年連続で本屋大賞にノミネートされている青山美智子氏。2024年度の本屋大賞で新たにノミネートされたのが『リカバリー・カバヒコ』です。

 タイトルにある「カバヒコ」とは、新築分譲マンション、アドヴァンス・ヒルの近くの公園にあるカバの遊具につけられた名前。カバヒコには、自分の治したい部分と同じところを触ると回復するという都市伝説があります。同書は、そんなカバヒコに自身の悩みを打ち明けるアドヴァンス・ヒルの住人たちの姿を描いた連作短編集です。

 第1話「奏斗の頭」に登場する高校生・奏斗は、中学までは優等生だったものの、引っ越した先の進学校では周りについていけず、中間テストでひどい順位をとってしまいます。カバヒコのいる公園で同級生の雫田さんと仲良くなりますが、彼女の成績が良いことを知り、卑屈な気分にとらわれてしまい......。第2話「紗羽の口」の主人公・紗羽は、幼稚園児の娘を持つ母親。周囲から浮かないよう言動には気をつけていたものの、あることが原因でママ友グループから省かれるようになってしまいます。ほかにも同書では、ストレスで病んでしまい休職中の女性、駅伝に出たくなくて足の具合が悪いと嘘をついた小学生、母との関係性に苦慮する雑誌編集長が、心のうちをカバヒコに明かし、自身の傷を見つめ、立ち直っていく姿が丁寧に描かれています。

 新しくできた分譲マンションの住人と聞けば、そこからイメージできるのは、夢と希望が詰まった幸せな新生活ではないでしょうか。けれど同書から浮かび上がるのは、他の人にはわからないところで、それぞれが葛藤や悩みを胸に抱えながら日々を懸命に生きている姿です。これは、私たちの身の回りに置き換えても言えることかもしれません。順風満帆な人生を送っているように見える人であっても人知れず病や苦しみを抱えていたり、平然な顔をしながら心の中では泣いていたり......。同書には

 「人間の体ってね、病気や怪我のリカバリーのあと、まったく同じようには戻らないんだって」(同書より)

 という言葉が出てきます。これは体であれ心であれ、何かの病気にかかったことがある人であれば理解できる感覚かもしれません。できれば病気にならずに人生を過ごしたいものですが、

「同じようには戻らないけど、経験と記憶がついて、心も体も頭も前とは違う自分になるんだって」(同書より)

 という言葉に従うならば、私たちは病気や怪我を経験したからこそ気づけることもあるのかもしれません。各章の主人公たちがカバヒコを通して自身の本当の気持ちや周囲の優しさを知っていく様子はそれを教えてくれますし、その姿に勇気づけられる読者もきっと多いことでしょう。

 これまでも人々の心に寄り添う連作集を作り出してきた青山美智子氏の真骨頂とも言える『リカバリー・カバヒコ』。心温まる涙を流したいときにぴったりな、"読むデトックス"としておすすめしたい一冊です。

[文・鷺ノ宮やよい]

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