【「本屋大賞2022」候補作紹介】『スモールワールズ』――小さき世界でさまざまな喜怒哀楽を奏でる家族を描いた連作集

スモールワールズ
『スモールワールズ』
一穂 ミチ
講談社
1,650円(税込)
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 BOOKSTANDがお届けする「本屋大賞2022」ノミネート全10作の紹介。今回取り上げるのは、一穂ミチ(いちほ・みち)著『スモールワールズ』です。
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 2008年の商業デビュー以来、BL作品を中心に執筆してきた一穂ミチ。彼女が初の一般文芸作品として発表したのが連作短編集『スモールワールズ』です。

 全6編からなる同書は、さまざまな家族が奏でる喜怒哀楽を詰め合わせたかのような一冊。人々の日常を切り取って、それを俯瞰でのぞいているような楽しさやおそろしさがあります。

 1編目の「ネオンテトラ」は、夫婦円満を装いながら、その陰で不妊や不倫に悩む女性・美和の物語です。美和はある夜、中学生の姪・有紗の同級生である笙一と知り合います。その後、2人はコンビニのイートインスペースで何度か顔を合わせるように。やがて美和は、笙一と有紗のある光景を目にして――。

 自然繁殖できないネオンテトラ、使う予定のない子ども部屋にぽつんと置かれた水槽、都会のエアポケットのようなコンビニ......。美和の心情から映し出された世界はあまりに寒々しく、彼女の抱えるブラックホールのような空虚さに飲み込まれそうになります。

 しかし2編目の「魔王の帰還」は、打って変わってコメディタッチ。高校生の鉄二の視点から、身長188cmの大迫力の姉・真央が語られます。結婚して実家を出ていったはずの姉が戻ってきた理由とは......?
 
 鉄二と同級生の菜々子のさわやかな青春ストーリーと、「魔王」とあだ名されるほど怖いものなしの真央が抱える苦しみに、笑って泣けて感情を揺さぶられます。

 3編目の「ピクニック」は日本推理作家協会賞短編部門候補作にもなった作品です。娘の瑛里子が出産し、この上ない幸せに包まれていた希和子。しかし、希和子がひとりで子守りをしている間に赤ちゃんが突然死してしまい、虐待を疑われ逮捕されてしまいます。

 「ピクニック」のポイントとなるのは、物語の語り手となっている第三者が誰なのかという点です。ラストで明かされる真実に、読者は戦慄を覚えずにはいられないでしょう。

 6編はそれぞれ独立した物語でありながら、連作としての要素も併せ持っています。誰かの人生では端のほうでちらりと映るだけの人間も、その人なりの世界があり、人生があり、そうした人々の集まりでこの小さな世界はつながっている......。そんな真理に改めて気づかせられます。

 同書は、ままならないことも多い世の中で、なんとか生きようとする私たちの希望の光になってくれるのではないでしょうか。読み終えるころには、ときに美しく、ときに残酷なこの世界を、少し愛おしく感じられるかもしれません。

[文・鷺ノ宮やよい]

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