【「本屋大賞2022」候補作紹介】『正欲』――まともな欲望を持てないのは罪か? 「多様性」礼賛社会に斬り込んだ問題作

正欲
『正欲』
朝井 リョウ
新潮社
1,870円(税込)
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 BOOKSTANDがお届けする「本屋大賞2022」ノミネート全10作の紹介。今回取り上げるのは、朝井リョウ(あさい・りょう)著『正欲』です。
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 『正欲』は、朝井リョウの作家生活10周年を記念する書き下ろし長編小説。2021年3月発売以来、10万部を突破した同書は、「多様性」をめぐってさまざまな議論と反響を呼んでいます。

 近年、ますます広がりを見せている「多様性」という言葉。「多様性は大事である」「多様性は尊重すべきである」ことは共通認識になりつつあります。では「多様性のある社会」って、いったいどんな世の中なのでしょうか。LGBTなどマイノリティな人々が差別されない社会? それなら、たとえば多くの人に眉をひそめられるような特殊性癖を持つ人々も、マイノリティとして同様に温かく受け入れられるものなのか――?

 社会が声高に叫ぶ「多様性」とは、もしかしたら私たちに都合よくコーティングされているのかもしれない。『正欲』はそんな現実をまざまざと見せつけ、私たちの価値観に揺さぶりをかける一冊です。

 物語は主に三人の視点で交互に描かれていきます。不登校の小学生の息子への接し方がわからない検事の寺井啓喜。ショッピングモールの寝具売り場で働く独身女性の桐生夏月。学園祭実行委員として「ダイバーシティフェス」を成功させようと奮闘する大学生・神戸八重子。一見、なんの接点もない三人ですが、ストーリーが進むとともに、あるおぞましい事件の逮捕者たちと関わりがあることが明かされていきます。そして、その事件の真実を知っている読者は、その結末になんとも言えない非情さやいたたまれなさを感じてしまうでしょう。

 この物語には、さまざまな「多様性」が登場します。男性同士の恋愛をコメディタッチで明るく描いたドラマや、学校に行かずに好きなことで生きていくYouTuberも、言ってみればそのひとつ。これらはあくまでもマジョリティに理解を得た中でのマイノリティでしかありません。

 しかし同書に登場するのは、マイノリティの中のマイノリティ。世の中の多くが正しくてまともだと考える欲望には興奮できず、世の中の多くが理解しえないものに欲望を感じる人々です。そのうちのひとりは、こう本音を吐き出します。

「私は私がきちんと気持ち悪い。そして、そんな自分を決して覗き込まれることのないよう他者を拒みながらも、そのせいでいつまでも自分のことについて考え続けざるを得ないこの人生が、あまりにも虚しい。だから、おめでたい顔で『みんな違ってみんないい』なんて両手を広げられても、困るんです」(同書より)

 多様性を礼賛するいっぽうで、これまで以上に追い詰められ、さらなる孤独に陥ってしまう人々がいる......。そうした現実があるのもまた事実です。

 それでも、けっして絶望のみのラストにはなっていない同書。最後に夏月が口にした言葉は、生への希望と執着を感じさせるひと言として読者の心に響きます。「多様性」の陰に潜む危うさにフォーカスを当てた同書は、まさに今の時代を象徴する一冊だと言えるでしょう。

[文・鷺ノ宮やよい]

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