【「本屋大賞2022」候補作紹介】『赤と青とエスキース』――メルボルンの若手画家が描いた絵画をめぐる奇跡と感動の連作短編集

赤と青とエスキース
『赤と青とエスキース』
青山 美智子
PHP研究所
1,650円(税込)
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 BOOKSTANDがお届けする「本屋大賞2022」ノミネート全10作の紹介。今回取り上げるのは、青山美智子(あおやま・みちこ)著『赤と青とエスキース』です。

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 タイトルにある「エスキース」とは、美術用語で「下絵」のこと。「本番を描く前に、構図を取るデッサンみたいなもの」と同書では説明されています。

 大学の交換留学を利用し、オーストラリアのメルボルンで生活している「レイ」。彼女はあるとき、「ブー」と名乗る同じ歳の青年と出会います。一緒に出かける約束をし、会う回数が増えていくうちに、だんだんブーに心惹かれていくレイ。普段はふざけてばかりのブーですが、「生命力って生きる力じゃなくて、生きようとする力のことだよ。レイが持ってるその力は、媚がなくて清潔だ。俺はそれを信じる」と肯定の言葉をかけて、慣れない毎日に萎縮していたレイに自信を取り戻させてくれます。

 しかし「始まれば終わる」ことに恐怖心を抱くレイは、ブーに告白され、「あのさ、期限つきっていうのはどう?」と、まさかの提案をしてしまいます。

 こうしてスタートした、"レイの留学生活が終わるまで"の期間限定の恋人関係。あと数日で日本に帰るとき、レイはブーから「友達に画家の卵がいるんだけど、レイの写真を見せたら描きたいって」という申し出をされます。

 当日、ブーの友人・ジャックがレイをモデルにデッサンをする間、ただ言葉もなく見つめ合っていたレイとブー。そこには、終わりに向かって恋をしてきたふたりの優しさと臆病さ、そして互いを愛しく思う気持ちが、激しい感情とともに流れていました。

 このときに、まだ若手画家だったジャックが完成させたのは、胸元に青い鳥のブローチをつけた赤いワンピース姿の長い髪の女性の肖像画。赤と青のみの絵の具で描かれたこの作品は『エスキース』と名づけられ、日本へと運ばれ、三十数年にわたってさまざまな出会いや奇跡を紡いでいくことになります。

 静岡の額縁工房で額職人として働く30歳の空知、かつてのアシスタントと雑誌の企画で対談することになった48歳の漫画家・タカシマ、そして仕事への意欲を燃やしていた中、パニック障害を発症した51歳の茜......。各章の登場人物である彼らに絵画『エスキース』がどのように関わってくるのかが、同書の重要なポイントです。『エスキース』が彼らの人生にもたらす変化は、みなさんの心に温かな感動を呼び起こすに違いありません。

 さらに、最終章ではあっと驚くような仕掛けも......。それまで続いてきた連作短編の世界がひとつにつながっていくストーリーは、鳥肌が立つ見事さ。同書が「二度読み必至」と言われるのも納得です。最初からじっくりと読み返さずにはいられないことでしょう。

 2021年の本屋大賞で2位に輝いた『お探し物は図書室まで』の著者による、新たな意欲作。じんわりした温もりある読後感を求める方におすすめしたい作品です。

[文・鷺ノ宮やよい]

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