もやもやレビュー

ライフロガーの(反)理想郷『ファイナル・カット』

ファイナル・カット
『ファイナル・カット』
ロビン・ウィリアムズ,ミラ・ソルヴィノ,ジム・カヴィーゼル,ミミ・カジク,トム・ビショップ,オマール・ナイーム,オマール・ナイーム,ロビン・ウィリアムズ
ポニーキャニオン
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 ライフログという言葉を最初に目にしたのは10年ぐらい前だろうか。とにかく日常のあらゆることを記録しておきたいという欲求と、それに応えてくれるスマホアプリなどのデジタルツールがあれこれ登場したことから急激に浸透するようになったと思われる。近年では来年の手帳を買い換える時期になるとアナログ手帳にライフログを残そうといった記事も頻繁に見かけるようになった。

 ものすごく大雑把にいってしまえば古来からある「日記」がライフログそのものなわけだが、現在のライフログツールの多くは歩数とか食事とか勉強量、出かけた先の写真など、ジャンル別に細分化されており、自分の興味に特化して記録できることが気楽さにもつながり流行しているのだろう。

 筆者の場合もこういう場でこういう記事を書いていることもあり映画等の鑑賞が趣味なので、同時に鑑賞記録をつけるのも好きである。そのためのツールをあれこれ試した結果、現在は日本ではほぼ一強の地位にある「Filmarks」に落ち着いた。もっともFilmarksはシンプルで使いやすいだけに機能的には物足りなさを覚えるところもあり、海外の類似ツールを探した結果、「Trakt」というウェブサービスが再見も登録できるしテレビシリーズはエピソードごとに登録できるし、といったことから併用している。

 が、先日、突然Traktの画面構成に変更が加えられ、異様なまでに使いづらくなってしまった。さらには過去ログにアクセスしづらくなったり、画面構成が簡略化されたため「見た」ことは記録されても「いつ」のことなのかが分かりにくくなってしまったりして、ユーザーのための掲示板では運営への不平不満を超えて罵詈雑言が並び阿鼻叫喚となっている。

 2004年の『ファイナル・カット』は、脳内にチップを埋め込むことで生涯目にした出来事が映像として完璧に記録されている世界を描くSF映画。なんでも記録しておきたいライフロガーの皆さんから見れば夢のようなレベルのライフログ環境ともいえる。

 もっとも生きている間は記録の中身を確認することはできない。チップは死後に取り出され、遺族からのヒアリングを経て重要場面をピックアップ、故人を偲ぶ会で上映されるためにのみ使われる。ロビン・ウィリアムズ演じる主人公はその映像を作るベテラン編集者だ。

 だが世間では人の人生記録に他者が触れること、恣意的に場面をピックアップして綺麗事として編集することなどに対する抗議運動が起こっている。そもそも一生の記録が全部残っている以上は公にできないプライベートな秘密だらけで、人によっては犯罪の証拠になり得る内容が含まれている場合もあり、それらを狙う人々が主人公に接触、その身には常に危険が付きまとう。

 もっとも本作で描かれるライフログの危険性は、あくまでもそれが他者に委ねられていることにあるわけで、現実世界における本人が運用するレベルのものであれば特段問題はないとは思われる。劇中でも記憶と記録の差異によって救われる展開もあり、本作を見てしまったがゆえに自分のライフログを廃棄しなきゃやばい、とまでは思わないだろう。

 が、先に述べた通りTraktのシステム変更により、過去ログにアクセスしづらい、あるいはアクセス不可能にすらなりつつある状況なわけで、映画とは異なるものの危険は目前にあり、結局は誰も手を出せないローカルに保存しておくのが一番安全なんだよな、とは思う。が、それでもウェブツールを利用してしまうのは、(映画や読書の記録に限ってのことかもしれないが)各種関連データベースとも繋がっているためデータの整理や参照が楽、というのが大きい。あとは誰かに自分の人生(の一部)を見てもらいたい承認欲求もある、かもしれない。

 そんなわけで筆者の場合は結局Traktのアカウントは残しつつ類似サービス「SIMKL」にも登録することとなってしまった。が、こちらはTraktに比べて情報過多でありながら機能不足に感じてしまうところも多い。新たなツールで新たに鑑賞記録を整理しながら、この整理時間で何本の映画が見られたのか、なんてことを思ってしまったりもする。ライフログなんてそもそもいるのだろうか、鑑賞記録を残したいなんて欲求を持たない人間に生まれたかったな、と根本的なところまで遡らざるを得ないのだが、それでも今まで積み上げてきたログのことを考えると、やはりこのまま続けるのが精神衛生上は一番マシな気もするのである。

田中元画像.jpeg文/田中元(たなか・げん)
ライター、脚本家、古本屋(一部予定)。
https://about.me/gen.tanaka

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