初回1万人超の歌舞伎町春画展 北斎×英泉「世界初」展はなぜリピーターを生むのか?

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 歌舞伎町で開催中の「新宿歌舞伎町春画展WA」のスペシャルトークが、2026年4月19日、代官山 蔦屋書店主催のカルチャーマーケット「サブカル市2026」内のスペシャルプログラムとして開催されました。

 タイトルは「歌舞伎町発、めくるめく春画の世界」。本展を企画する手塚マキ氏(Smappa!Group会長)と、「現代人が見る春画」をコンセプトに発信を続ける春画ール氏が登壇し、聞き手は、朝日新聞デジタル版編集長の奥山晶二郎氏。サブカル市のイベントらしく、三者のあいだで交わされたのは、春画にとどまらない、文化とのそれぞれの向き合い方でした。

 本展の正式名称は「葛飾北斎・渓斎英泉 艶くらべ ―歌舞伎町花盛り―」(2026年5月31日まで、新宿歌舞伎町能舞台・BOND)。「新宿歌舞伎町春画展WA」シリーズの第3弾で、北斎の《蛸と海女》をはじめ、全136点の名品が並ぶ大規模な展覧会です。ちなみに、北斎と英泉の春画に特化した展覧会としては、世界初の試み。2025年7月から10月まで開催された初回は1万人を超える来場者を集め、シリーズには根強いリピーターも生まれているといいます。

 最新回の前期は、北斎の名作《蛸と海女》目当ての来場者が殺到し、入場制限を実施するほどの反響を呼んだといいます。なぜ歌舞伎町で春画展が続き、リピーターまで生んでいるのでしょうか。それに対し、手塚氏はまず歌舞伎町で文化を根づかせる難しさから話を切り出しました。「歌舞伎町で何かをやろうとすると、街のカオスに呑みこまれてしまうんです。文化を成立させるのは、本来は難しい場所」。手塚氏がこれまで仕掛けてきたプロジェクトでも、他の街では話題になった一方、歌舞伎町では集客につながらなかった事例があるといいます。

 その点、春画は欲望の街・歌舞伎町と親和性の高い題材で、他に埋もれない強度がありました。さらに展示されるのは、北斎や英泉ら一流の絵師による超一級の浮世絵です。歌舞伎町だからと、ある種油断して訪れた来場者が、実物のクオリティを前にして、いい意味で裏切られる。そこが本シリーズの推進力になっていると手塚氏は言います。

 その"実物のクオリティ"を支えるのが、本展監修・浦上 満氏(浦上蒼穹堂代表)による浮世絵コレクション。「北斎漫画」の蒐集において質・量ともに世界一と評され、約21万人を動員した2015年の永青文庫春画展や、2013年の大英博物館春画展にも作品を提供してきた氏の手元から、全136点の作品が並びます。

 コレクションの厚みは、本展の核となる北斎の《蛸と海女》にも表れています。春画の代表作として広く知られるこの一枚は、実は北斎のオリジナルではありません。師・勝川春章の盟友である北尾重政や、同門の勝川春潮らの先行作品を下敷きに、北斎が描き上げ、後には歌川国芳、月岡芳年へと受け継がれていきます。今回も会場に並ぶのは、北斎の有名なあの一枚だけではありません。前史と後続まで蒐集してきた浦上氏の目利きとコレクション基盤によって、ひとつの「サンプリングとリミックス」の系譜を一望できる贅沢な構成になっています。

 春画ール氏は、「新宿歌舞伎町春画展WA」の底力についてこう話します。「江戸春画研究者の林美一先生によると、伝存が極めて少ないと記された作品もさらっと並んでいるんです。私自身、初めて見たという作品もあるんですよ」。

 浦上氏の人物像にも、春画ール氏の言葉が及びました。「相手が誰であっても分け隔てなく、丁寧に浮世絵の世界をご紹介くださる方です」。その鑑定眼についても、春画ール氏は驚きを隠しません。「先生の本業である焼き物については、2階のオフィスから1階に置かれた作品を見ただけで、贋作かどうかが分かるのだそうです」。肩書に依らず、作品そのものに真摯に向き合う浦上氏の姿勢が、エピソードから見えてきます。

 春画ール氏の眼差しは、本展のもう一人の主役・渓斎英泉の絵にも向きます。氏は、絵の中で交わりが始まる、その手前の場面に注目していると話します。明かりを消す前の男のチラッとした視線、女の少しよれた仕草――。「男性がグイグイ攻めている絵よりも、これから起こることにちょっと期待していたり、女性に甘えていたりする表現がすごく好きなんですよね」。学生時代に北斎の《蛸と海女》に衝撃を受けて以来、「市井の春画ウォッチャー」として春画と向き合ってきた立場がにじむ語り口。「研究者ではないのだから、『絵がよく分からない』なんて引け目に思わなくていい。自分の重ねてきた人生経験から春画を観るのが、一番楽しいんじゃないでしょうか」。

 歌舞伎町からの文化発信に挑戦する手塚氏、現代女性ならではの視点を携える春画ール氏、そしてたしかな目と情熱で作品に向き合うコレクター・浦上氏。立場こそ違えど、三者に通底するのは、自分自身の感性で作品に向き合う姿勢でした。トーク終盤、聞き手の奥山氏が「今後、どのように春画を発信していきたいか」と問うと、手塚氏は、その前提として、自分自身の文化に対する向き合い方を話しました。「知らないことが多いというのは、むしろ幸運なことだと思っていて。その分、春画にも素直に向き合えているんです」。

 そして、J.S.A.認定ソムリエ資格を持つ手塚氏らしくワインになぞらえます。「文化って、ワインみたいなものだと思うんです。どんなに詳しい人でも、結局は自分で飲んで、自分の中で咀嚼することで、初めて完成する」。続けて、「自分はあくまでワインを飲むユーザーでありたい。春画展は主催側ですが、楽しむ側の気持ちをずっと持っていたいですね」とも。

 来場者に対してはこう願っていると話します。「作品との出会いは、鑑賞者と作品の共同作業。何かが自分の中で引っかかったら、それを大事にしてもらえたらうれしい。言葉にできなくてもいい。むしろ、"モヤモヤ"が残ったらいいな、と」。

 奥山氏が「急いで知ろうとしない、ですね。大きな宿題をもらった思いです」と応えると、来場者が深く頷く一幕も。企画する側でありながら、楽しむ側の気持ちを持ち続ける「歌舞伎町春画展WA」の姿勢が、訪れるたびに新しい発見のある展示につながっているのかもしれません。

 北斎による《蛸と海女》の背後にある「サンプリングとリミックス」の系譜も、英泉の絵に滲む男女の機微も、一度や二度の鑑賞では言葉にならないかもしれません。けれど、それでいい。展覧会は5月1日から後期に入り、作品の約半数が前期から入れ替わっています。会期は5月31日まで。何度も"モヤモヤ"を反芻したくなるような一枚を、自分の感性で見つけに行ける場所が、いま歌舞伎町にあります。

【関連リンク】
新宿歌舞伎町春画展WA
https://www.smappa.net/shunga/

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